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えじぷとの文化、芸術、エンターテインメント堪能記です。 twitter: @sukkarcheenee facebook: http://www.facebook.com/koji.sato2
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土曜日、家族でカイロのモスクをハシゴした。ハシゴ酒ならぬ、ハシゴ・モスク。ずるずると酔いつぶれていくサマを想像させる「ハシゴ」をイスラームの祈りの場に接合するのは、ちょっとよろしくない感じもするが、まあ、よしとしよう。

1軒目:イブン・トゥールーン・モスク~アンダーソン博物館
エジプトの歴史書を読んでもあんまりお目にかからないトゥールーン朝という独立王朝が建てたモスクで、エジプトで現存する最古のモスクだとか。9世紀、当時のアラブ世界はバグダードを都に置くアッバース朝の天下だったが、トルコ人のイブン・トゥールーンが、叛旗をひるがえし、独立王朝を建て、そのシンボルとしてこのモスクを建てたらしい。でも、30数年でまたアッバース朝に巻き返されてしまい、短命で終わってしまった。
モスクは、老朽化で柱の模様が剥げ落ちたりしている面もあるにせよ、全体としてシンプルでごちゃごちゃしていない空間的ひろがりが、場所の聖性を高めているように感じられる。日常的な礼拝の場として使われている感に乏しく、あまり多くはない観光客と、美術学校生と思しき写生集団がいるのみで、靴を脱いで靴下で歩き回っていたら、靴下が気持ち悪くなるくらいに真っ黒になっていた。日々たくさんの礼拝者を受け入れているモスクは、いつも床がきれいに清掃されているから、こんなことにはならない。
バグダードの影響深いこのモスクは、イラクにあるモスクを倣って、ミナレットのらせん階段がタワーの外側をとりまいている珍しい造りで、それがことに印象的だ。
隣接した二軒の住居は、アンダーソン博物館という名前で、パシャの称号を得た西洋人、アンダーソン卿の蒐集物が整然と展示されている。部屋ごとにテーマがあって、イラン、トルコ、シリアなどの国の近代の家具や調度品を楽しめるほか、ヒエログリフ、彫刻、ミイラの内臓容器、棺おけなどの古代エジプト遺跡のコレクションも若干置かれていた。アンダーソン氏が宴会場に使っていた広間を二階から見下ろす位置に、隠し扉から入る畳一畳ほどの部屋があり、部屋から広間は見えても反対からは見えないマシュラビーヤという造りの木窓で覆われていた。男性だけに許された宴会を、女性たちがこっそり覗いていたのだという。

2軒目;スルタン・ハサン・モスク
14世紀、マムルーク朝期の建築。とにかく、でかくて、そのスケールに圧倒される。壁に彫られたクルアーンの文字も、ごっつい書体で力強くて、それを見た妻が「日本の密教を想像させるよね。」と言った。蓋し、同感。異国出身の奴隷から権力を握ったマムルーク(奴隷)は、自らを宗教の力強い擁護者として印象づけることで、この地の人々の信望を得ようとしたのではないだろうか。

3件目:リファーイ・モスク
スルタン・ハサンのお隣にあるこれもまた同じくらいに壮大なモスク。19世紀にリファーイ教団のモスクとして、エジプト最後の王、ファルークによって建設されたそうだ。どういう因果かわからないが、イランから亡命したシャー・パーレビの遺体がここに安置されている。

カイロには、まだまだ見ごたえのあるモスクがたくさんあるらしく、アメリカン大学などがイスラム建築に絞った探訪マップを発行したりもしている。イスラームの都ならではのそぞろ歩きを、猛暑が襲ってくるまえに楽しまれてはどうだろう?


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1年ちょっと前エジプトにやってきて右も左もわからないときに、ほとんど唯一といって良い民間の文化施設、EL SAWY CULTURE WHEEL(通称SAKIA=アラビア語でWHEELの意)を訪ね、オペラハウスなど政府経営のそれとは違う客層と自由な空気を感じた。直感的に、ここがエジプトの文化活動の拠点だということが感じられた。

右も左もわからないまま代表のモハンマド・サウィーさん、スタッフのドニカさんらから、2月のSAKIA5周年にブースを出してくれと頼まれた。ただ机に資料をのせとくだけではつまらないので、何か楽しめることをやろうと思って、折り紙と凧づくりのワークショップをやった。他のほとんど全てのブースが机に資料をのせとくだけだったせいもあって、日本のブースに人だかりができて、大忙しとなった。

これがきっかけで、SAKIAで折り紙講座をはじめた。うちの若くて吸収力のあるエジプト人スタッフに勉強してもらって、にわかじこみの先生になってもらった。そして、1ラウンド3回の講座の最後の会に、アレキサンドリアに住む折り紙の天才、オサマくんに出講してもらうことにした。4月から3ラウンド目の講座をはじめるが、すでにSAKIAの折り紙講座はけっこう話題になっていて、申し込みが殺到すること間違いない。

5周年をやったということは、次は10周年だろうから、自分はエジプトにいないかもしれない、などと思っていたら、6周年の案内とともに、またブース出店の依頼が舞い込んできた。あ、毎年、やるのね。はい、おつきあいしますよ、あなたとは!

ということで、今年も、2月25日と26日の二日間、折り紙を折った。老若男女が足を止め、最初はおっかなびっくり、だんたんと興がのってきて真剣に、1枚の紙と格闘した。何人かのお客さんから、日本人が折り紙など精緻な作業ができるのは遺伝だと思う、と強弁され、間違っても生物学的遺伝などではないと否定するが、なかなか譲ってくれない。親の世代から子の世代へ、家庭、学校、公民館などの共同体の機能を通じて文化的継承がなされてきたという意味で、これを「文化的遺伝」と呼ぶならば、間違ってないかも、というような話をした。日本は特殊である、日本人は優れている、というナショナリズムを満足させるためにやっている仕事ではない。日本の土地ではぐくまれた優れて創造性と教育効果の高い文化ツールを、世界の多くの人たちに楽しみながら共有してもらいたい。そういう思いで、一見地味な折り紙普及を続けている。その活動を、カイロの若者にとってほとんど唯一自由な文化発信の場といって良いSAKIAでやれることに、意味であると思っている。

26日、午後9時から、室内のホールでは世界屈指のイラク人ウード奏者、ナシール・シャンマの公演があった。ナシール氏がカイロに亡命し、この地にウード・ハウスを開校して10周年を記念した公演は、教え子30人をバックに従えた贅沢なアンサンブルだった。ほぼ月1の頻度でナシール・シャンマが聞けることは、SAKIAの売りの一つだ。他方、もう一つの極には、アラブポップが市場を独占するなか音楽活動の場が与えられないロックやヒップホップなど若者の音楽の発信基地であるという、この国特有のニーズに基づく活動がある。後者の事情は、やはりボリウッド映画音楽に独占されたインド音楽市場にも共通していて、ロックなど新しい音楽の場を作るために、Friends of MusicなどのNPOが郊外のファームハウスや大学の校庭を借りてコンサートを展開していた。そこで、国際交流基金で現代モノの音楽をやるときには、彼らと組んで、新しいカルチャーに飢えた若者たちに直接届けるようにした。これから先、エジプトで現代モノをやるときには、やはりSAKIAがその舞台としてふさわしいと思っている。

SAKIAでは、去年7月、現代日本写真展を開催し、アラーキーや森本大道、橋口譲二などの写真を紹介した。日本写真協会の協力を得て、写真評論家の平木収さんにお越しいただいて、SAKIAとアレキサンドリアで講演いただいた。SAKIAには100人近い写真愛好家が集まり、熱心に耳を傾けてくれた。SAKIAの6周年を祝い、折り紙を折っていたさなか、2月24日に平木さんが亡くなったという悲報を受けた。勝手な跡付けを承知で、SAKIAの6周年に参加できたことが、自分なりの弔いになればと思った。


先週から、新しいテキストでのアラビア語レッスンが始まった。
アメリカン大学プレス発行の、"Kallimni Arabi"インターミディエート・コース。CD付、408ページの豪華本。
事前に、"Kallimni Arabi"の2冊目のテキストを買っておくように、と言われており、アメリカン大学が近所なもんで出かけていっても、よりによって2冊目だけがないので、先生に買ってきてもらうことにしていた。この2冊目というのが、いわゆるビギナーコースの4冊セットの2冊目のことと僕は理解しており、内心、「まがりなりに1年やってきて、まだ初級の2冊目かよ・・・」と自分のレベルの低さにがっかりしていたのだが、先生が持ってきたテキストは、ビギナー終了後の中級にあたるものだったので、一応、安心した。

結構、テキストの量が多いけれど、先生は週二ペースで4月までに終わらせたいと言っている。のっけから、第1課はこれまでにやったことの復習だからと、すごい勢いで飛ばしていく。これからは、自分なりでも、ちいとは復習や予習をやっておかないといけないかも・・・

今朝から二泊三日のアレキサンドリア出張。ファロス大学の要請を受けて、日本文化祭をやってきます。朝、自宅からタクシーでオフィスまで飛ばしていったら、オフィス手前でカギを忘れたことに気づき、運ちゃんに引き返してもらい、カギをとって、また同じタクシーでオフィスへ。運転手さんはいい感じのおじさんだったので、「忘れ物に気づいてよかったのー。ハムドリッラー、ハムドリッラー。」と、ニコニコして神のご加護のおかげと言ってくれた。こんななにげないタクシーでの時間も、それなりに土地の言葉に自分がなじんでこれた証と思うと、朝のとんだ失態も、また悪くなかったかなと思えてくる。

というわけで、アレキ行ってきます。エビをいっぱい、食べてきます。
1月27日、オペラAIDAを鑑賞。
恥を忍んで言うが、これが僕のオペラ初体験。文化交流を生業とする者がこんなことでは困りますね。

とにかくも、カイロにやってきたら、そこには日本の援助で20年前に作られたカイロオペラハウスがあり、これまで敬遠してきたクラシックやオペラと業務上おつきあいすることが多くなったので、ときどきではあるがカイロシンフォニーの定期演奏会に顔を出したりして、少しずつクラシック音痴を脱しようとしているのところではある。田村響さんとカイロシンフォニーの共演も、そんな縁で自分に訪れた貴重な機会だったわけである。

AIDAは、古代エジプトのロマンスに着想を得、19世紀、ちょうどカイロオペラハウスの創設にあわせて、イスマイール・パシャからヴェルディに委嘱された作品で、その仲介とオリジナルのアイデア提供は、当時カイロ考古学博物館館長だったオーギュスト・マリオットが担ったとのこと。

エチオピアの王女アイーダはエジプトの王女アムネリスに奴隷として仕えているが、エジプト軍司令官のラダメスと相思相愛の関係にある。愛する男が自分の祖国を討伐に行くというプロットが、すでにして悲劇を予感させる。そこでラダメスは、身分を隠した国王を捕虜として連行するが、王はアイーダを使ってラダメスから次の行軍の情報を聞き出す。その事実が知れてしまい、同じくラダメスを愛するがゆえに助命を嘆願するアムネリスの願いむなしく、処刑されるラダメス。その処刑に道連れとなり、心安らかに心中していくアイーダ。筋書きはとてもシンプルだが、叙情を表現する優れた音楽の力が、感動をおしあげていく。

交響楽団同様、あまり上手だとの評判のないカイロオペラだが、イタリアとの共同制作で、北京五輪に総力をあげてもちこんだ作品だからだろうか、オケの演奏にもムラがなく、そしてセットがなによりも美しくて、幕が開いて舞台が入れ替わるたびに、客席から拍手が沸いた。オペラ初体験の僕自身も、多いに楽しむことが出来た。

なにせ、チケットも安いので(500円程度)、ヨーロッパのオケの演奏レベルを期待しなければ、とても気楽にクラシックを堪能できるカイロライフ。この3~4年のカイロ滞在を生かせば、長年のクラシックへの食わず嫌いも克服できるかもしれない。



この週末は、事務所の図書室から加藤典洋の『戦後的思考』をひっぱりだしてきて、夜な夜な読みふけった。この前著になる『敗戦後論』に続いて、戦後日本の精神分裂状況をいかにして克服すべきかを考えに考え抜いた同氏の思考の足跡を、読者も忍耐をもって、追体験することになる。戦後左翼の進歩的知識人のように、戦時中皇国思想に染まらなかったとの善性のポジションからその他大勢を非難するのでもなく、保守思想家のように、戦前的価値の呼び戻しを唱えるでもなく、吉本隆明のように、戦時下の全体的気分に染まったがゆえに、あるいは三島由紀夫のように、戦時中の徴兵から逃避した卑怯さと天皇の責任の取り方を重ね合わせることによって、敗戦によってボッキリと折れてしまったところを基点にして、戦後の哲学を築くことが、今もなお求められていると、加藤氏は言う。グローバリゼーションの時代にいまさら、60年以上前の国の戦争責任を議論して、あえてナショナルな議論に火をつける必要もあるまいとのリベラル勢力からの批判に対して、この60余年、日本政府がきちんとした対応をしてこなったがゆえに、いまもなお、我々の言論は、それを受けとめる他者(アジア諸国)から容認されえないのだとし、簡単に国というものから自由にはなれないのだと、警告を発する。加藤氏のこの2冊の著書は、右からも左からも多くの批判を受けたようだが、戦争責任をめぐっていまだに「謝罪」と「失言」を続ける日本の精神分裂状態を見るにつけ、加藤氏の視座をいかに多くの人々が共有するかこそが、本当の日本の戦後の終焉をもたらすのだと思わずにはいられなかった。

8年もの長きにわたるブッシュ政権が幕を閉じた。この8年を振り返り、日本を含む世界からの評価は当然良いはずもなく、どのメディアも直情的にブッシュ政権の8年が世界を破壊したと報じているよう。

その直接の犠牲者といってよいアラブ世界では、ブッシュ大統領への批判の目はことさら厳しく、彼の肩をもつような意見を聞いたことは皆無と言ってよい。バグダッドにて、地元記者の靴投げパフォーマンスに誰もが喝采を送っていたのが、その鬱積していた感情を体現していた。

他方、オバマ新大統領への期待が対照的にすさまじく高いかというと、そういうこともなく、どこかしら、「誰になってもアメリカは変わらない。ユダヤロビーに突き動かされるアメリカ政治は変わりようがないため、中東和平が誰が指導者になろうとも達成されえない。」という諦念が漂っている。ユダヤロビーの最右翼、ラーム・エマニュエルが大統領主席補佐官にアポイントされたとの報道に、世論は「やっぱりか。」との失望を禁じえない模様である。

さて、1月20日の大統領就任演説。若干22歳の天才スピーチライターの手が入ったなかなかに魅力的な演説ではあったけれど、当地の人々にはどのように聞こえただろうか。関連する箇所を拾ってみた(出典和訳はasahi.comより)

「我々は、責任ある形で、イラクをイラク国民に委ね、苦労しながらもアフガニスタンに平和を築き始めるだろう。」
 

防衛と安全保障を語るくだりにて。現在、アメリカが直接的に戦闘状態にあると言ってよいイラクとアフガニスタンに焦点を絞っての言及。対中東向けのメッセージというよりは、泥沼のイラク占領からの撤退とバーターで元の木阿弥に戻りつつあるアフガニスタンへの兵力増強をという予算シフトを国民にアピールすることが主な狙いか。イラク、アフガニスタンの話しの流れで、この1ヶ月弱で1300人以上もの死者を出したイスラエル=パレスチナ紛争のことが一言も語られないのは、なぜか?


 
「テロを引き起こし、罪のない人を殺すことで目的の推進を図る人々よ、我々は言う。我々の精神は今、より強固であり、壊すことはできないと。あなたたちは、我々より長く生きることはできない。我々は、あなたたちを打ち破るだろう。

(中略)

イスラム世界よ、我々は、相互理解と信頼に基づき、新しく進む道を模索する。紛争の種をまいたり、自分たちの社会の問題を西洋のせいにしたりする世界各地の指導者よ、国民は、あなた方が何を築けるかで判断するのであって、何を破壊するかで判断するのではないことを知るべきだ。腐敗や欺き、さらには異議を唱えるhとを黙らせることで、権力にしがみつく者よ、あなたたちは、歴史の誤った側にいる。握ったこぶしを開くなら、我々は手をさしのべよう。」

この二つのパラグラフを切り離して語ったレトリックには、テロとイスラム、権威主義政権と市民を峻別して語り、イスラム世界の民衆からいらぬ批判をぶつけられないようにしようという配慮が見てとれる。「テロを~」のくだりでは、イスラムへの言及は一切なく、これだけ読めば、LTTEのような非宗教的なテロ行為までを含むと解することができる。このあとで、アメリカが多宗教、多信条を包摂する共存の倫理をはぐくんできたことを語り、それを世界にあまねく普及する使命を語り、そのあとで、「イスラム世界よ~」以下のくだりが続く。切り離しつつこの2つのパラグラフを接近させることで、聞き手には、これがひとつづきの意味のかたまりであると理解される効果があったように思われるが、そこまで狙って巧妙に設計されたのかもしれない。

また、「イスラム世界よ~」の次に続く文が「紛争の種をまいたり、自分たちの社会の問題を西洋のせいにしたりする世界各地の指導者よ~」となっているところにも、ロジックとしてはこの二つは別のよびかけ対象でありながらも、スピーチの流れとしてはこの二者が同列にとらえられてもおかしくない。つまり、イスラム世界の指導者こそが、紛争の種をまいたり、自分たちの社会の問題を西洋のせいにしたりする、と。暗に中東の権威主義的独裁政権、特にイランのアハマディネジャドあたりを狙ったメッセージと、うがった見方ができなくもない。

 
こうしてみると、オバマの就任演説を見た「こちら側」の人たちが、ブッシュ時代の8年とは違うばら色の時代がやってくると期待に涙したということは、どうもありえそうもない。翌朝、通勤途上の車中、うちの運転手も不機嫌そうな顔で、「テレビをつければオガマ、オガマの大合唱で、いい加減に終わりにしろという気分だった。どうせ世の中はなにも変わらないのに・・・・・まあ、せいぜい、彼の健勝を祈ることにしよう。」と言っていた。ミドルネームのフセインを強調していたが、ラストネームが「オガマ」になっていた。なんとなく、彼にとってはどうでもいいことのような気がして、間違いを正すことがためらわれた。

 
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インドで4年生活し、今度はエジプトへ!この国の人々の生態、面白情報をお届けします。

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