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えじぷとの文化、芸術、エンターテインメント堪能記です。 twitter: @sukkarcheenee facebook: http://www.facebook.com/koji.sato2
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昨夜、ちょっと前にCity Starモールで買ってきたサウジ映画のDVDをおうちで鑑賞。
タイトル"MENAHI"の意味は「?」だったが、すぐに主人公のベドウィン男の名前とわかった。

MENAHIは、部族の村で誰からも愛されるユーモアあふれる男だが、とあるビジネスマンに誘われて、ドバイへ出かけ、そこで彼と一緒に株の投資ビジネスに参入。

経済のイロハも知らないMENAHIだが、自然のなかで生きてきた天性の勘と理性でもって、バシバシと市場の未来を予測して、村の仲間から借りたお金を元手に大もうけ!結局最後には、これは自分の生き方ではないと思いなおして村に戻るが、村にも株屋がやってきて村人の金をむしりとるようになりはじめ、地の果てまでも市場経済が浸透していることを嘆く形で映画は終わった。

”MENAHI"でググってみたら、
こんなサイトがあった。
http://www.huffingtonpost.com/2009/06/08/menahi-saudi-movie-screen_n_212626.html

09年、サウジの首都リヤドで、実に30年ぶりの上映となった映画が、この"MENAHI"だったというネタ。ユーモアと諧謔あふれるなかなかに愉快な映画だったし、結末からみればなかなかにお行儀の良いモラリーな作品だから、超保守的とされるサウジでもずいぶんたくさんの人に見られたらしい。

今月はじめにカイロで開催した中東の日本語教師の集いでも、サウジからやってきた先生から、都会の若者文化が確実に変わってきていることを聞かされた。変化にはその社会に適したスピードや方向性があるとは思うが、"MENAHI"のような映画が作られ、国民に鑑賞されるようになっていくのは、単純にハッピーでいいことだと思う。




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10日から20日まで開催されていた映画祭。
今年も、専用ウェブサイトにすらシノプシスが載っておらず、これでどうやって見たい作品を選んで行けるんだという広報ぶり。

そんななか、うちが主催した陶芸展に来てくれた知人の映画評論家から、見るべき作品を教えてもらって、その二本だけを見にでかけた。

1本目は、Birds of Nilesというエジプトの作品。
調べてみると、Ibrahim Aslanという作家のNile Sparrowsという小説をもとにした映画ということで、農村と下町文化を描くことで、エジプトから失われてしまった中流階級へのノスタルジアを語るという趣旨。

悔しいことに、ジョークや笑いのツボがまったくわからない。英語字幕で案内されているのに、どうやっても物語の核心にあるエジプト的なるものに届かないもどかしさがあって、終始外国人であることを痛感させられた。

かなり悔しかったので、いましがた本屋で原作本を購入。これを読んだら、少しはエジプト庶民文化の神髄に近づけるか?

2本目は、Cairo Timeというカナダ・アイルランド合作。
カナダがエジプトとロケーションの合意をもっていないため、アイルランドの製作者をまきこんでカイロを舞台に撮ったラブストーリー。
映画の専用サイトを読むと、ヨーロッパ的なメロドラマに堕ちない魅力があるとかなんとか言っているが、僕の感想としては、結局のところ、夫ある妻が夫のシリア人の部下と「やらなかった」というだけであって、道義的には完全に裏切ってしまっている。そして、このシリア人、はっきりいってカッコよすぎる!Alexander Siddiqiという役者だが、カイロに遊びに来て、空港でこんなカッコイイアラブ人が待っていないっつーの!ガラベーヤをかっこよく着こなして、マクハーでシーシャ吸いながらチェスを打つっていう設定も、ちょっと作りすぎ。まあ、美しいラブストーリーを作りたかったのだからいいけど、はっきりいって、わざわざアイルランド人を巻き込んでまでカイロロケをやる必然がないなあ・・・

でも、主人公の女性がこの出会いを通じてオンム・クルスームに魅せられたという設定はなかなか良くて、気がつけば僕自身が帰りのタクシーで流れるアラブ・クラシックに酔いながら、カイロの夜景に見とれてしまっていたのでした。まあ、軽いけど、酔わせてくれる映画ってとこですね。

翌日、ゴミの運搬車からもうもうとゴミが周囲に飛び散る光景と出くわし、夢は夢でしかなかったと痛感させられたのでした。


久々に映画館でエジプト映画鑑賞。

事務所のスタッフが知り合いのシネマトグラファーから誘ってもらったから、義理立て上行ってもらわないと困ると言いだし、「今日の今日だぞ、おい!」と思いつつも、永らく映画館に行ってなかったなーと思い、喜んで出かけた。

映画館といっても、オペラハウス敷地内にあるアーティスティック・クリエイティヴィティ・センターなる施設で、1階に芝居の舞台、2階と3階に映画上映施設をもつアート専用スペースだ。比較的新しい施設のようで、イスとか内装がキレイなのも気持ちよい。ただし、1年前にうちが日本映画週間をやったときには、映写技師のテクニックの問題なのか、プリントが切れたり、いろいろトラブルがあった(この日もピンボケ状態の時間がけっこうあって、目薬が欲しかった)。

1週間のエジプト映画の祭典は、エジプト映画クラブという非営利団体が主催するもので、もっぱら会員限定の上映を行い、会員が審査をして賞を授与するというもので、300人は入る会場に30人程度しか入ってなかったのは残念だった。

上映映画は、”Sorry for Disturbance"。和訳すれば、ご迷惑をおかけしてすみません、といったところか。主人公の青年は妄想や幻覚に襲われてもその事実にすら気づかない、重度の統合失調症。喫茶店で見かけた女の子に一目ぼれするが、その後、自分の妄想のなかで彼女とさまざまな交渉をもつが、最後に家族にそれが妄想であったと諭され、失意のまま入院。本人は、もともとそんな女の子はいなかったものと思っていたのだが、完治して退院してみると、同じ喫茶店で同じ顔をした女の子に出会い、今度は精神が分裂しないまま、思いを遂げることができて、最後はハッピーエンドで終わった。

全編、字幕なし、一緒に見た同僚は最初は大声で英語の通訳を入れてくれたけれど、日本人で小心者の僕は周囲のことがいたたまれなくなって、「だいたい、わかると思うから、いいよ。」といって、せっかくの厚意を断ってしまった。結果、やはり7割の会話は理解不能、映像の展開だけでなんとかストーリーラインを追っかけることは出来たけれど、映画そのものを満喫するには、まだまだ言語能力が足りなすぎることが痛いくらいはっきりしたのだった。

それでも面白かったのは、上映後に行われたディスカッション(コロキアム)。映画評論家らしきおじさんが司会をして、会の会員がさまざまな感想を自由に述べていた。ここでは同僚が英語に通訳してくれたので、どんなことが話されているのか、大筋ちゃんとわかった。何人かの人は、この映画を「ビューティフル・マインド」に例えていたが、司会の評論家は、ちょっと前までのエジプト映画はハリウッドのパクリばっかりやっていたけれど、この作品は十分にオリジナリティあふれるもので、くだんの映画に例えるのはあたらないのではないか、と擁護していた。実際、脚本家のアイマン氏は、この作品以前はプロデューサーからハリウッドのパクリのシナリオづくりばかり任されていたのが、今回は、自分でゼロから脚本を書いて、プロデューサーに売り込んだ、ということらしい。

お医者さんを名乗る会員さんのコメントでは、統合失調症のことがよく研究されていて、映画にもよく反映されていると評価しつつ、社会的文脈にも触れて、主人公が書き続けた、届かなかった数百通の大統領への手紙は、支配者と被支配者の間の統合失調症を暗喩していると言っていた。直接的な主張ではないけれど、体制に対する批判が織り込まれていることも評価するべき、ということだった。

どの社会にも映画好きはいっぱいいるが、この国にもそういう種類の人種がいて、延々とまじめに映画談義を楽しんでいる姿が、とても素敵だった。
話題の映画を、ようやく、ようやく、重い腰を上げて、観た。それも、自宅にてDVDで。映画館に行こう、行こう、という思いは日々脳裏をかすめるのだが、どうもフットワークが重くていけない。気がついたら上映館は一つもなくなってしまっていた。愕然としていたのだが、それから数ヶ月でDVDが店頭に並び、とりあえず溜飲を下げた。さっそく購入するも、今度は手元におけたことで安心してしまい、さらに数週間。子どもたちと一緒に布団に入ったのが6時過ぎのことで、10時半に目が覚め、本を読む気にならなかったので、ここぞとばかりにDVDをかけた。

2008年話題のエジプト映画、"Hasan and Marcos"は、その名が示すとおり、ムスリムとクリスチャンの男性が主人公。マルコス役に『アラビアのロレンス』のオマール・シャリフ、ハサン役にエジプトの喜劇王、アーデル・イマームという、往年の二大スターを起用する贅沢ぶり。

エジプトのキリスト教は、正教系の流れを汲みコプト教と呼ばれているが、ブーリス(アーデル・イマーム)は、宗教間の融和を説くコプトの地方指導者で、その融和姿勢が対決派の気にいらず、命を狙われている。同様に穏健な融和推進者のイスラームのシェイフ、ハサン(オマール・シャリフ)も、殉教した過激派の兄弟の跡を継げと脅迫を受けていた。二人はそれぞれ、警察に庇護を求めるが、担当した警部の迷案で、ブーリスは、ムスリムのハサンとして、ハサンはコプトのマルコスとして、ほとぼりが冷めるまで、地方で隠遁することになった。紆余曲折を経て、同じフラットの隣同士になった二軒の家族は、周囲に対しても、そして目の前の隣人に対しても自らの本当のアイデンティティを隠し続けなければならない。しかし、隠遁生活の長期化に伴い、二人とも金がなくなり、なにか仕事をする必要に迫られる。そこで、二人は共同経営でパン屋を営むのだが、そうした共同作業を通じて、この二つの家族はだんだんと親愛の気持ちを深めていくのだった。特に、ブーリスの息子とハサンの娘は初対面から惹かれあい、恋に落ちていくのだが、宗教を偽っているのは自分のほうであって、相手もそうであるとはお互い創造だにしていないところに、すでに悲劇は胚胎しているのだった。つまり、いまは異教徒同士の許されざる恋ということになっているが、いずれ真実を語れるようになれば、同じ宗教を信じる者同士、堂々と付き合える。そう、二人とも信じていたのだった。二人はやがて、将来を誓いあうまでに接近していくのだが、男が真実を告白した瞬間に、物語は悲劇へと劇的に変化する。ここからの展開は、ゆるい宗教観念で生きている日本人一般にはなかなか感情移入しにくいところだが、互いが互いをだましあっていたということが、一時はこの信頼しあった二つの家族の仲を引き裂く。どちらとも、一秒たりとも隣人ではいられないというヒステリー状態に陥ってしまうのだった(このヒステリー状態をリードしているのはいずれも妻であり、夫はそれに半分は同調しつつも、どこか割り切れない感情を抱えているという描かれ方をしている。この部分の描き方は説得力が弱いと感じた)。最後、ある出来事が分裂した二つの家族をもう一度結びつけることになるが、随所に笑いを忍ばせていながらも、全体としては重く暗い作品となっている。

視聴後の感想としては、フィクションということをさしひいて考えても、この国の二つの宗教グループ、イスラームとコプトは、一見、仲良く共存しているように見えるが、その実、平和は危うくもろい基盤のうえで実現されているということを知り、まずは自分の社会認識を改める必要性を感じた。確かに、自分がエジプトに住み始めた1年前から見ているだけでも、地方都市を中心に、小さな衝突が発生し、殺生沙汰にまでなっているケースもある。それぞれの宗教集団において、マジョリティは穏健な共存を支持するか、あるいは特段共存ということを政治化して考えてはいないだろうと思うが、どちらにも己こそが真実を体現していて他者は謝っていると信じる人たちがいて、こうした人たちが対立の構造を捏造し、強化していくという事態が、この国でも起こっている。カイロからアレキサンドリアへ向かう高速道路沿いのコプト修道院の街、ワディ・ナトルーンへのツアーに参加したことがあるが、ツアーの数字前までキャンセルの可能性があると聞き、その理由を尋ねると、数ヶ月前にこの街で、コプトの男とイスラームの女が駆け落ちし、この女がコプトのコミュニティにかくまわれたことを受け、女の住むコミュニティが報復として修道院を襲撃したということだった。訪問した修道院にて、案内してくれた修道士が、修道院をとりまく城壁などのセキュリティ・システムに触れ、「自分たちは、10世紀以上の間、バーバリアンから自衛をしなければならなかった。」と語ったとき、彼は過去のこととしてだけ語っているのではないことは、明らかだった。

さて、そのような社会背景のなかで、この映画が問いかけたかったメッセージとは?相手が自分と同じであるとの二つの認識が、ある日同時に崩れ去る。そのとき、二者それぞれが考える。我々はどうして信頼と友情を育むことができたのか、と。それは、単純に自分と相手が同じだと信じていたから、というだけなのか。むしろ、宗教的アイデンティティはお互いに隠蔽いたのだから、わかりあえていた部分というのは宗教的要素を除いた人間性ではなかったのか。「宗教が対立する」というステレオタイプ化されたテーゼに対抗して、では、その宗教の部分にマスクをしてしまったらどうだろう、というアイデアは、単純だが、映画のなかで上手に作用していたように思う。

日本で買えるかどうかはわかりませんが、エジプト映画のDVDはたいがい英語とフランス語の字幕がついているので、結構、ふつうに楽しめます。小難しいことを考えなくとも、往年のスターが共演する華のある娯楽映画として十分楽しめるはず。ぜひ、手にとって観てみてください。



今日、2月15日から国際交流基金のプログラムで2週間日本に行ってもらう若い映画作家二人が、事務所に来てくれた。芸術アカデミー高等映画専門学校なるところで、ひとりは学生として卒業制作に取り組んでいる最中、もうひとりは卒業後講師として後進の指導にあたっている。

事前に二人が撮ったドキュメンタリーを見せてもらっていた。

講師のSoad Alyさんの作品は、"NUBA"というタイトルで、エジプト南部に多く住む民族の歴史と現在を追った50分のドキュメンタリー。ナセル時代のアスワンハイダム建設によって多くのヌビア族の村が水没し、再定住のプロセスのなかで、彼らの先祖伝来の文化のなにがしかが失われた。そんな彼らの現代におけるヌビアとしてのアイデンティティを追った作品である。この映画はアルジャジーラで放映されたもので、その実績からも、彼女はもうすでにプロとして活躍している作家であると言える。いまは、初めての劇映画を準備中だということで、完成したら市内の映画館で普通にお金を払って見ることができるはずだ。

学生のAbu Bakrさんの作品のタイトルは、"The Colony"。カイロの北にあるハンセン氏病患者と家族が隔離された村を取材したドキュメンタリーだ。今日、Abu Bakrさんとはじめて会って、少しばかりこの映画について話ができたのだが、映画でも紹介されているように、キリスト教ミッション系のNGOや政府の支援が入り、若い世代は罹患しても治療を受けて回復しているケースが多く、独立だ、戦争だと外交的冒険主義にあけくれたナセル時代を生きた彼らの親の世代には全く省みられなかったこと(その跡は、病状が進行した彼らの肢体を見れば一目瞭然である)であり、その意味では状況は改善されているのだという。むしろ現在の問題は、この村は法的には全く隔離されていないにも関わらず、中に住む彼らが村から外へ出たがらないことにあると、Abu Bakr氏は言う。彼らを迎えるマジョリティの社会のなかに、それを受け入れる基盤がない限り、社会的差別や制裁を恐れて、とても怖くて出られないのは、当然のことではないか。この日もうちのスタッフと彼との間で、ハンセン氏病の伝染性についてちょっとした議論があった。うちのスタッフは、映画のテーマを聞いただけで、怖くて見れないと言うのだ。いずれにしても、日本でもまたこの病は長く隠蔽され、罹患者とその家族は移動や職業の自由の制限を長く余技なくされてきたわけで、日本でこの作品が上映されれば、それはとてもレレヴァントなものとして、共通の議論の土壌を生み出すのではないだろうか。

Abu Bakrさんが現在取り組んでいる卒業制作の内容を聞いてみた。最近、エジプトで死刑執行があったのだが、絞首刑の現場でロープが切れてしまい、その結果、その死刑囚が釈放されてしまうという事件があったとのことで、それに取材したのだという。なんでも、フランス法に基礎をもつこの刑法では、「絞首刑」のことを単に'Hanging'としか規定していないため、'Hanging'の結果死亡しなければ、その死刑囚は、受刑を終了したことから、直ちに出獄を許されるのだという。映画をよく見るうちのスタッフが、このテーマをモティーフにしたフランス映画を見たことがあると言っていたから、フランス法に基づく国では、こうした信じがたい事故が理念系としては起こりうるし、実際に起こってもいるのだろう。その娑婆に戻った元死刑囚に取材したのかと聞いたら、残念ながらその本人にたどりつくことはできず、その不名誉な刑執行に立ち会った人々からの聞き取りを映画化しているのだという。こんなウソのようなホントの話、久しぶりに聞いて、えらく感動というか、興奮してしまったのだった。

2週間の日本でのプログラムでは、日本工学院のフルサポートを得ながら、ほぼ毎日、映画制作にあたってもらう。日本がはじめての二人だから、不安も多いだろうが、日本社会のどこに着目し、何を切り取り、映し出してくれるだろうか。

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先週はじめ、四方田犬彦さんが、新著をわざわざ送ってくれた。その名も、『濃縮四方田』(彩流社)。とうとう100冊を突破した四方田さんの著著のクライマックスだけを集めた、ベスト・オブ・ヨモタ。ベスト版だけでも500ページを超える大作で、1週間でまだ300ページにさしかかったところ。この現代の知の巨人と自分の人生がクロスする場面があったことは僥倖としかいいようがないが、最初の出会い、2002年にニューデリーで開催された岡倉天心没後100年記念シンポジウムのことは、いまでも鮮明に覚えている。デリー大学教授のブリジ・タンカ先生が企画し、国際交流基金が支援したこのシンポジウムには、四方田さんのほかにも、北一輝論の松本健一さん、最近物故された美術史の若桑みどりさん、日本に向けての発言や旺盛な執筆で著名なテッサ・モーリス・スズキさんなど、そうそうたる顔ぶれが集っていた。コーヒーブレイクの時間に、「表象論ばかりじゃなくて、もっとリアルな話も聞きたいですね。」などとわかったようなことをしゃべったら、「岡倉天心のシンポジウムで表象論をやらないでどうするのよ。」と、若桑先生に一撃のもとに撃墜されてしまったことも、昨日のことのように思い出されてくる。シンポジウムが終わった翌日、四方田さんのデリー案内を引き受けた。そのとき最初に尋ねたのが11世紀、この地に最初のイスラム王朝として建った奴隷王朝の祖、クトゥブディーン・アイバクの手によるクトゥブ・ミナールだった。四方田さんの注意は、その天高くそびえる古代イスラム建築ではなく、それ以前のヒンドゥー王朝時代からこの地におかれたいたナゾの鉄製のポールに注がれていた。このポールに背中をくっつけて両手をまきつけ、手の先がボールの反対側でくっつけば、願いが適う。この地の人々はこう信じて、来る日も来る日もポールに身体をこすり付けてきたのだった。そのせいで、人の手が触れる部分だけ見事に変色して、ツヤツヤと光沢を放っている。当時、「摩滅」について本を執筆中だった四方田さんにとっては、これこそが理想の摩滅と映ったようだった。それから間もなく、『摩滅の賦』という著書が上梓された。

2006年1月、まもなく文化庁の長期派遣となる文化交流史のプログラムでパレスチナと旧ユーゴスラビアへと旅立たれる四方田さんの壮行会を、赤坂のカレーやさんで催した。この文化交流史を通して四方田さんが見て、聞いて、考えたことが、『見ることの塩』という作品となり、僕は、またここからパレスチナという占領された場における文化と政治の問題を理解するためのたくさんのヒントをもらうことになる。そして、この壮行会のとき、四方田さんから飛び出てきた提案こそが、世界の翻訳者を集めての村上春樹についてのシンポジウムの開催で、四方田さんが1年の旅から戻ってこられてから、僕は、この大きなイベントを手がけるという、またとない僥倖に恵まれることになった。四方田さんのほか、柴田元幸さん、沼野充義さん、藤井省三さんという、素晴らしい案内人に先導されての企画は、この4人が協力してくれることになった段階で、成功を約束されていたのかもしれない。

300ページまで読み進んではみたものの、東西の理論を駆使して何事かを論じるくだりでは、専門用語の羅列で目がまわり、結局のところ、字面だけを追って未消化なまま。それでも、新しい知的刺激を求めて、ページを追う手はなかなか休まらない。こうして、毎日、寝不足が続いている。とにかく、披瀝される知識の量がハンパじゃない。当然ながら、頭の中が全部本になっているわけじゃないから、あの脳ミソにはもっといっぱいのことが詰まっているはず。とにかく、いつそれだけの本を読み、理解し、整理し、そして書くのか。同時にぼくら凡人と酒だって飲むのだから、この人と僕が同じ24時間を与えられていることがどうも信じられない。でも、問題は知識の量ではないと、僕は気づいている。彼にあって僕に乏しいものは、この世の中を理解したいという飽くなき欲望であることを。ベスト・オブ・ヨモタを読む体験とは、「オマエにも本当は眠っているだろ、その欲望が?」「目覚めて、探求せよ!」との氏のささやきに耳を傾けることのように思われる。
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男性
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国際文化交流
趣味:
カレー
自己紹介:
インドで4年生活し、今度はエジプトへ!この国の人々の生態、面白情報をお届けします。

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