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えじぷとの文化、芸術、エンターテインメント堪能記です。 twitter: @sukkarcheenee facebook: http://www.facebook.com/koji.sato2
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遅読の極みで、先月購入して著者にサインしてもらった"In An Antique Land"が、ようやく最終局面。読みやすい文章で基本的にスラスラと進むが、さすがインド人、使う単語がなかなかに珍しかったりするので、辞書引き引きになるページもある。

いまや世界中に読者をもつ人気作家、アミターブ・ゴーシュの現在を形作るのに、こんなにもエジプトでの生活と研究体験が大きな影響を与えていることに、読み進めるにつれ驚きは増すばかり。農村の方言しかできないと本人は謙遜するが、アラビア語も相当にできる模様である。作家として文筆の世界に入る前、今から25年以上も前のこと、世界を知る体験が必要と考えたゴーシュは、奨学金をもらってエジプト農村の社会人類学研究に取り組む。このトラベローグでは、研究そのものよりは農村生活のエピソードが中心を占める。興味深いのは、村人(ほとんどがムスリム)がインド人のゴーシュに対して、ヒンドゥー教の雌牛信仰について、あるいは死者を荼毘にふす慣習について、興味と畏れを抱きながら質問攻めにするのだ。

世界には色々な宗教や民族があるということを事実として受け入れる傾向にある都会人とは違って、村の人たちにとっては、あまりにも自分達とは異なるインド人の信仰に対する違和感が大きく、彼らの多くが、多分に親切心から、イスラムへの改宗を勧めたりする。そうしたことの繰り返しに気が滅入り、戸惑うゴーシュに対して、仲の良い友人らは、「ほんの冗談なんだから、適当に聞き流せばよい」と助言するのだが、ゴーシュはここで自分の少年時代の体験を紹介しながら、インド亜大陸の状況とエジプトのそれとを比較してみせる。

すなわち、ゴーシュの父親はインド外交官で、60年代に東パキスタン(現バングラデシュ)のインド大使館に勤務していたという。当地では独立後も、残ったヒンドゥー教徒と大多数を占めるムスリムとの間で、ちょっとしたイザコザがもとで、深刻な宗派間対立が再燃しており、あるとき、ゴーシュの住む公邸に緊張を恐れてヒンドゥー教徒が逃げ込み、外をムスリムの群集が取り囲むという事件が起こったのだそうだ。一見平和に発展を続けるかに見える南アジア、インド亜大陸には、未だ静まらずくすぶり続ける暴力の気配が漂う。それと比べたときに、異教徒同士が世代を超えて対立・暴力の記憶を継承するといった事態を経験しないエジプトの人々は、なんと平和なことだろう!村の人々から興味本位の質問攻めにあうたびに、ゴーシュはこのようなことに思いをいたしていたという。

エジプトにも、マジョリティのムスリムと1割から2割とされるコプト教徒(キリスト教徒)との間に、ときに緊張がはしることがあると聞くが、ゴーシュの言うように、南アジアの混沌とした状況と比べれば、確かに平和というべきか。

それにしても、ヒンドゥー教徒と同様、死者を荼毘にふす我々仏教徒も、当地の農村で人々と言葉を交わすことがあるとすれば、まずはこの宗教がらみの面倒くさい問答とつきあわねばならないのだろう。実際、ゴーシュがこれらの問答と直面するくだりに出くわすたびに、読んでいる自分の心もドキドキと波打ってくるのを感じる。

もう一つ、興味深いくだりは、ゴーシュが村のイマームとの間で、エジプトとインドの国としての「発展」をめぐって口論になる場面。またもや雌牛信仰のことを言及され、翻ってエジプトは世界でアメリカに次いで優れた兵器を作るのだとうそぶかれたゴーシュは、このときは堪忍袋の緒が切れて、そうではなくインドこそエジプトなんかよりも優れた兵器開発国である、と言い返す。言ってしまった後で後悔するゴーシュは、ここにきて、農村のエピソードと同時平行に語ってきたもう一つのテーマとの接合を試みる。それは、ゴーシュが後年関心をもって研究することになる、中世のアラブとインドの交易史のことで、エジプトのシナゴーグから発見された当事者間の書簡(ゲニザ文書)を通してよみがえる、異教徒間ののびのびと展開される交渉のありように、ゴーシュは現在では失われつつある開かれたコミュニケーションを発見する。人間どうしが自分の所属する国の軍事科学技術でもって互いを競いあうのが近代の話法とすれば、交換する文物の価値を通してフラットな関係を切り結ぶ中世の商人たちは、どんなにか自由であったことだろう。当時においては、エジプト在住ユダヤ商人がインド南部マラバールに拠点をおいて、同地で知り合った下級カーストの漁民を「奴隷」としてアデン(現イエメン)に駐在させ、エジプトとインド間の取り引きを活発に行うというような、国籍、民族、宗教などのアイデンティティが多様に入り組んだ人間模様が、ごくごく一般的であったことが伺い知れる。そして、近代とは、その豊かな境界線を融解させながら展開されるコミュニケーションを、国民国家の論理でもって整理していくプロセスであり、近代化のプロセスを通じて、承知のとおり多くの血が流れた(今も流れ続けている)。

こうして、中世の交易・交流史に飽くなき関心をもって自ら調査・研究するという立ち位置から、ゴーシュの文学世界が立ち現れる。日本でも多くの読者を獲得した大河ドラマ『ガラスの宮殿』もまた、近代が必然的にもたらす暴力に翻弄される人々を一人一人丹念に描写することで、歴史を権力装置から人間のもとへ返還しようとする試みとして読むことができるように思う。"In An Antique Land"を読んで初めて、どうしてゴーシュの手からこのような深い文学作品が生み出されるのかが、少しだけ理解できたように感じている。

僕が逃してしまったカイロ・アメリカン大学での講演が、MP3で聴けることを発見!ジミー・カーターなど錚々たる面々がやってきているようで、これからは注意して前宣伝を見なければ!

http://www1.aucegypt.edu/resources/smc/webcasts/
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インドで4年生活し、今度はエジプトへ!この国の人々の生態、面白情報をお届けします。

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