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えじぷとの文化、芸術、エンターテインメント堪能記です。 twitter: @sukkarcheenee facebook: http://www.facebook.com/koji.sato2
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今年の中東日本語教育セミナーが、やっと終わった。

年に一度、中東全域の日本語教育関係者をカイロに招いて、二日間、日本語教育の理論や実践的知識の伝授、そして教師間のネットワーク作りの支援を行う機会で、エジプトからの参加者を含めて50人ばかりが熱心に参加してくれている。

特に問題なく終わったと言いたいところだが、会場となったホテルでの食あたり事件には参った。
顔合わせの夕食会、ぼくたちだけのために作られたビュッフェの食事を食べ、みんな旧交を温め翌日からのセミナーに意欲を燃やしていたのだが、翌朝になって半数以上がおなかを壊してしまった。ちょっとトイレが近いという軽い症状の人から、動けなくて部屋で寝ている人まで、程度の差はあれ、多くの人がセミナーに良好な体調で望めなくなったことは確かだ。そして、原因がホテルが出した食事しかないことは、状況証拠として確実なのである。

ところが、ホテルの責任者を呼んで抗議しても、「同じ食事をアメリカ大使館に出しているから、うちの食事が問題ということはない。」などとシラを切って、絶対に頭を下げない。これが日本だったら、保健所を呼んで、原因調査を徹底的にやってもらい、そんなゴタゴタを聞きつけたメディアの取材が入り、経営者がテレビカメラの前でペコリと頭を下げ・・・といった一連の流れが続くわけで、最近はこれのオンパレードなわけだが、ここでは、保健所が出動するなどということはない。もしかしたら死者が出ても、ホテルはシラを切り続け、公的な介入は起こらないのかもしれない。

翌日、カイロ在住の日本語の先生の自家用車のボンネットから火がでた。幸い、エジプトの車には消火器の搭載が義務付けられており、周囲の車から消火器をもった人たちがやってきて火を消してくれたそうだが、このとき、まわりにいっぱいいた警察官の誰一人、手をかしてくれることはなかったという。交通事故の被害者になっても、警察は微動だにせず、加害者もとうてい自分には背負えない負担に怯えて逃げ出すわで、車の修理や医療費は結局自分が負担することになる。

日本では、よく整備されたシステムと高い社会モラルの結合が、食や交通、医療などの基本社会サービスを世界最高水準のものにしていたが、国際競争の激化と政府機能の縮小などの影響で、陰りが見えはじめている。耐震偽装、食品偽装など、市民を驚愕させる事件が相次いでいるが、この流れをそのままにしておくと、先にあげたような恐ろしい状況になっていかないとも限らない。食を中心とする消費者保護、
原因解明のための公権力の適正な介入、民事上の紛争の公正な調停システムは、ひとびとが安心して暮らすためになくてはならないものだということがよくわかる。日常は気づかないことだが、事故が起きたときはじめて、そういう社会の基本的セーフティネットにありがたみを痛感することになる。

「自分の身は自分で守れ。」カイロに来てまもない頃から、いろんな人から言われた。しかし、目に見え予測できる危険に対しては準備のしようもあるが、ホテルの食事が当たらないかどうかなんて、あからさまな臭気でも出てこない限り、わかりようがない。

なんともやるせない、数日間だった。

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アラブ諸国のなかで、イスラエルと国交を結んでいる国が2つだけある。ヨルダンとエジプトだ。

エジプトの場合、1978年9月17日のキャンプ・デーヴィッド会談で、カーター米大統領の仲介のもと、ベギン・イスラエル首相とアンワル・サダト・エジプト大統領が和平合意に達し、それを受けて翌1979年に両国の間で平和条約が締結された。

中東を旅行する際、イスラエルの入管スタンプが押されたパスポートをもっていると、ほとんどの国で入国を拒否されるとういが、ヨルダンとエジプトについては、国交があるがために、こうした問題は起こらない。

サダトにとってみれば、1973年の第四次中東戦争で形式的には勝利し、シナイ半島を奪還したものの、国防・軍事に投じる支出増大が国の経営を圧迫し、国民の福祉や経済成長のために十分な投資ができないことが問題だった。ナセルの社会主義経済の弊害を除去しながらエジプトを国際経済に合流させていく流れを作るうえで、隣国イスラエルとの和平による頭痛の種の除去は、エジプト一国のことを考えれば合理的な判断だったと評価されることが多い。

国交があるというから、両国関係は穏やかで暖かなものかと思いきや、世論を眺めていると、そういうことでもないらしい。

2月29日のEgyptian Gazetteの記事、'Egypt's bestseller opposes cultural ties with Israel(エジプトのベストセラー作家、イスラエルとの文化交流に'NO')'を読んで、エジプト人が両国関係を「冷戦」(Cold War) ならぬ 「冷たい平和」(Cold Peace)と呼ぶ理由がわかった。

同紙によると、"Yacoubian Building"、"Chicago"の2つの小説をベストセラーにし、現代エジプト文学をリードするAlaa el Aswaniは、エジプト国際経済フォーラム主催のセミナーにおいてこう発言した。

「私のこの2つの作品のヘブライ語への翻訳は、エジプトとイスラエルの関係の正常化の結果としてありえるが、ユダヤ人の国家がアラブの土地を占領している間は私はこれを拒否する。」

国家同士は和平を結んだが、この国の多くの有識者や市民は、占領をいまいましく思い、文物が両国間を自由に往来するような普通の国交(ノーマライゼーション)を拒絶していることがわかる。

最近では、国の代表者でさえも、両国の外交関係を否定するような発言をして、物議を醸している。

昨今、メディアをにぎわしているのは、ファルーク・ホスニ文化大臣の国会答弁に対するイスラエルからの批判問題。国会において、エジプト中の本屋や図書館にイスラエルの本が溢れているというイスラーム同胞団所属議員からのコメントに反応して、ファルーク大臣は「もしもそのような本が存在していたとしたら、私は全て燃やし尽くしてしまうだろう。」と反論した。これを受けて、イスラエル政府およびアメリカのユダヤ系ロビー組織SImon Wiesenthal Centerが強い抗議を表明し、こうして事件はメディアで大々的に報道されることになった。

イスラエルはもちろん、各国の指導者の自国に対する発言に神経質で、強烈なイスラエル批判や自分たちのイメージを著しく貶めるような表現に対しては、必ず抗議を表明する。それにしても今回の抗議が特に激しいのは、ファルーク氏が松浦氏を次いで時期ユネスコ事務局長に選出される公算が高いという点も影響している。このように多言語の出版・文化を否定するような人物に、文明間の対話や相互理解を推進するユネスコのリーダーは務まらない、とういのだ。

イスラエルとパレスチナの和平への道は途方もなく険しいが、国交を結ぶイスラエルとエジプトの間の真の平和への道のりも、なかなかに厳しいものがあるようだ。
6月11日(水)、アーティスト、ムハンマド・アブンナーガさんが経営するNGO、ナフィザ・センター(ナフィザは「窓」の意)の紙作り工房を訪ねた。
CIMG2115.JPG

アブンナーガさんは、98年に国際交流基金のフェローシップを受け、日本で世界的和紙アーティスト伊部京子さんに師事。帰国後、自身も紙漉きから始まる作品制作を多数手がけ、いまやエジプトを代表するアーティストの一人だ。

その彼が、2007年7月18日号ニュースウィーク日本版「世界を変える社会起業家100」の一人に選ばれた。彼が作った廃材利用の紙漉き工房の活動が評価されたのだ。廃材の再利用というのも立派だが、働いている人のほとんどが聾唖の女性で、社会的弱者のエンパワーメントも同時に行っている。

CIMG2123.JPGバナナやハスの葉からの紙作りは、当初は不純物が多く混じり、ゴワゴワな手触りの残るものだったらしいが、同行してくれた事務所のGさんによると、1年前と比べると格段に製品としてのクオリティが向上したという。Gさん曰く、昨年基金が伊部さんを招いて工房で行ったワークショップの成果が出ているとのこと。現在はまだ市内の3店舗に紙をおろすに過ぎないが、こうしてクオリティを高めていけば、市場が開拓され、働く人たちの雇用の安定と働く喜びの確保へとつながっていくことが期待される。

Gさんが伊部さんのワークショップのことを思い出して、一人笑った。伊部さんはことあるごとに、CLEANLINESS(清潔)を叫び、いたたまれなくなった男性スタッフの一人が落ち込んで部屋から退出したほどだったというのだ。紙作りに限らず、ものを作るうえで、素材の美をフルに活かすためには、自分も作業場も素材もすべて綺麗にしておくことが大事みたいである。そうしてみると、ものづくりには技術が大事だが、精神のあり方もまた、とても大切なことであると思われてくるのである。

アブンナーガさんは、ナフィザを工房の職人とアーティストが集い、双方が創造的な刺激を受けて新しいものづくりをしていけるような空間にしていきたいと語り、来年、その一歩としての国際ワークショップを実施したいと夢を語ってくれた。文化やアートを通じた社会貢献の光り輝くモデルとして、これからも応援していきたい。
4月6日に全国規模のゼネストが計画されていたため、それなりに警戒していたが、フタを開けてみたら、街は閑散としていて、ただ空が本格的に到来した砂嵐で黄色に染まっただけだった。

朝起きてみると、いつもはけたたましい通勤途中の車の騒音が、なんだか元気がない。スタッフの一人から電話が鳴り、親族にすすめられて大事をとって今日は仕事を休みたいとのこと。どうやら、「何かが起こるかもしれない」という一般市民の不安が、少なからぬ人々を自宅に引き止めたために、街が静かになってしまったようだ。下に迎えにきてくれていた運転手さんも、息子の学校を今日は休ませたと言っていた。

出勤途中、デモの中心地として計画されていたタハリール広場付近には、いつもの何倍もの警備体制が敷かれていた。大量の警官を動員して集会そのものを封じ込めようと、政府が乗り出していたのだ。

結局、タハリール近辺ではなんらデモや警官との衝突らしきことは発生せず、カイロ大学、アインシャムス大学の日本語学科からも問題なしとの報告を受け、きつねにつままれたような気分で家路についた。

夕刻、家族と雑談。ゼネストはどこへ行ったのやら。
「結局、「仕事をボイコットしてデモに参加しよう」のスローガンのうち「仕事をボイコットして」という方だけが動いて、誰もデモに参加しなかったということかな。」と僕。

それに対して義理の妹が一言。
「集団ズル休み?」(一同爆笑)

この日は空全体が砂で黄色く染まったことだけが印象的で、われわれ部外者としてはなんとも拍子抜けした一日だった。もちろん、安全という意味では、何も起こらなかったことを歓迎すべきなのだろうけれど。

今朝、オフィスでエジプトのニュースをチェックしてみた。

http://www.dailystaregypt.com/article.aspx?ArticleID=12934

報道によると、デモは当初計画ではタハリール広場を中心として、各主要大学などいくつかの拠点で敢行予定だったものの、首謀者の事前逮捕・拘留、当日の厳重な警備によってほとんど全ての行動を阻まれ、結果、LAWYERS' SYNDICATE(弁護士協会)のみで抗議行動が許されたらしい。

政府の厳重な取り締まりによって、抑圧された平和が維持されるエジプト・カイロ。この厳しい状況下でも粘り強く活動を続ける「反体制」勢力があって、市民の不満をなんとか集約し、政府へ届けようとしている(この運動体は'Kefaya movement'(「もうたくさんだ」運動)と呼ばれている。代表者はメディアを通してただ一言、「ムバラクは病気だ」と発言しただけで一年間の投獄の憂き目にあっているらしい。)。一方で、政府は、一分も対話のチャンネルを開こうとしていない。こんな偽りの平和に、多分に安心感を覚えつつも、ぬるま湯に長く浸かってのぼせたような居心地の悪さも、同時に感じないでもない。

新聞記事等報道、日本大使館の集会・デモ情報によると、野党連合が労働者に動員をかけ、4月6日に全国規模のストライキを決行しようとしているらしい。

大使館のメール情報のトーンは落ち着いていて、タハリール広場付近がデモの震源になるため近寄らないように、という程度のもの。報道でも、この国は政府によって労働運動がズタズタに分断されているから、ゼネストといっても大した動員にはならないのではないかといった論調が見られる。

事務所スタッフ情報では、お子さんの学校が休校を決めていたりもするので、カイロ大学、アインシャムス大学に派遣している日本語の先生には、無理をせず休講の措置をとってもかまわない旨を伝えたところ。

高騰しつづける大衆消費財の物価、それに対して低迷したままの所得、その問題の核心と人々が確信している政治の腐敗。出口のない不満や怒りが、SMSなどの近代技術の助けをかりながら、あるいは地下潜伏型の政治運動を通して、
ズタズタに分断された草の根の抵抗運動を、なんとか結集させようとしているようだ。

中東・イスラーム研究の専門家で、現在アインシャムス大学に基金から派遣されている黒田壽郎先生は、「この不満の蓄積した状態をみると、近い将来に何かが起こる可能性がある」と見ていらっしゃる。黒田先生は、1979年のイスラーム革命の際、テヘランで研究されており、そのとき革命を予想した数少ない専門家のお一人だという。さて、では、今回のエジプトで、先生の予想は的中してしまうのか?
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インドで4年生活し、今度はエジプトへ!この国の人々の生態、面白情報をお届けします。

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