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えじぷとの文化、芸術、エンターテインメント堪能記です。 twitter: @sukkarcheenee facebook: http://www.facebook.com/koji.sato2
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インドと同じで、この国でも日本人が3人以上集まるとエジプトおよびエジプト人の悪口に花が咲く。そこから何かを得られる訳でもないので積極的に参加することはないのだが、エジプト側にたってエジプトを擁護するほどにはこの国と国民性に対する理解も愛着もまだ持ち合わせていないため、静観を極め込む。

頭に来るエジプト人の台詞を総称して、IBMと言うらしい。
Iは、インシャーアッラー。神がお許しになれば。
Bは、ボクラ。明日。
Mは、マアーレーシュ。気にするな。

Iは、エジプトに来る前からしょっちゅう使われていると聞いていたが、本当にそのとおりだった。将来にむけて何かを約束しようという段になると、このフレーズが末尾に付加され、アクセントとなる。最初のうちは、運転手さんに家まで送り届けてもらって、「では、また明日。」と声をかけると「では、また明日、インシャーアッラー。」という声が返ってきて、一抹の不安を覚えたものだが、必ず翌日定時に来てくれていることに安心して、いまのところこの言葉に対する特段の不信感はない。

Bは、どうかな。
こちらもいまのところ、多くの日本人が参っているほどには、悩まされていないのだろうか。「明日にはできる。」という言葉で1週間も1ヶ月も引っ張られる経験が積み重なっていくと、B はその場しのぎの先送りに違いないとの信念がその人の中で強化されていくのかもしれない。もちろん、僕自身に何も災厄がふりかかっていないと言うわけではなく、航空便の別送荷物の引き取りに1ヶ月半かかったとか、外国人居住者へのIDカード発給に2ヶ月かかったとか、いろいろ不利益を被っているのだが、元来ルースな性格のためか、怒りが沸いてくるというほどではない。

そして、Mである。
エジプト滞在が3ヶ月になろうとしているが、今ひとつ、この言葉のニュアンスをつかみきれていない。

正則アラビア語の「Maa Alayhi Shay (何事もない)」が方言化したもので、アラビア語やエジプト社会の入門書などでは、「気にするな」などと訳されていることが多いようである。でも、この言葉は、人と人がぶつかったりしたとき、ぶつかってきた加害者の口から発せられる言葉であるというのが、僕を混乱させる。普通なら、

ぶつかった人 「ごめんなさい。」
ぶつけられた人 「すみません。」

のところを、

ぶつかった人 「気にするな。」
ぶつけられた人 「・・・・・?」

となるのか?一体、どういうことだ?

エジプト関係の出版物やブログを見ていると、この言葉Mに対する怒りが燃えさかっていて、長く生活していると相当腹立たしい経験を積んでいくのであろうかと推察するが、本当に、「気にするな」という意味なのかどうか。

僕と机を並べているエジプト歴の長いアラビア語の達人、Sさんに聞くと、
「Mが「すみません」とか「堪忍してください」という意味を含んでいることは常識だし、そんなこと、ぶつかってきた人の表情見ればわかるじゃないですか!」

これにはどうも直訳の問題がからんでいるようである。異なる言語間の単語同士が一対一対応とはならないのは当然のこと。誤解を与えやすい言葉には違いないが、ぴったりと合致する訳を考える前に、その言葉を発する相手の感情の動きにきちんと五感を働かせたい。

というわけで、外国の土地や人々の悪口は、身内で軽いレフレッシュメントとしてやる分にはいいかもしれないが、自分の卑小な経験を敷衍して国民性の議論にまで昇華させてしまうことにはいつも慎重でありたいし、いわんや、俄かにかじった外国語を乱暴に直訳して、それを国民性論に接合させることからも距離をおいていたいと思う次第だ。

翻って、日本人はでは、自分からぶつかってしまったら、なんと言う?

ぶつかった人 「すみません。」
ぶつけられた人 「気にしないでください。」

この「すみません。」がたとえば英語の”I am sorry."と同義かどうかを考えてみると、先のMの直訳の誤謬の問題との同根性が見えてくる。友人から聞いた話だが、ある日本語のわかるエジプト人が日本人に迷惑を被ったとき、「すみません。」と言われて更に激昂したという。なぜなら、彼女は「すみません。」を"Excuse me"と同義と解釈していたのだそうだ。言葉を使う状況と使う人の言語外表現によって「ごめんなさい」にも「ごめんください」にも
「ありがとう」にもなり得る「すみません」だって、相当にやっかいな言葉じゃあないか。

ことが人間の接触による摩擦をめぐっての謝罪と赦しを扱う言語であるだけに、Mにしても「すみません」にしても、謝られる側が相手が「誠意をもって謝ったのかどうか」を主体的にどう判断するのかが、赦しのカギを握る。日本が戦後60年以上を経た今も、隣国から「もっとちゃんとした」謝罪を要求されることにも、言葉の翻訳の問題が横たわっている。

かくいうわけで、当面はIBM問題からは身を引いておくことにしようと思っている。
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インドで4年生活し、今度はエジプトへ!この国の人々の生態、面白情報をお届けします。

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