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えじぷとの文化、芸術、エンターテインメント堪能記です。 twitter: @sukkarcheenee facebook: http://www.facebook.com/koji.sato2
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演劇祭のなかで、2本目に見たエジプト劇は、"BLACK COFFEE"というタイトル。題名を聞くだけで、人生の苦味を喜劇的に表現してくれるような期待感があって、この作品は外してはいけないような直感があった。プログラムに書かれた劇団名は、CULTURAL DEVELOPMENT FUND。文化振興基金とでも訳すべきか。文化省とは別系統の文化支援を行う政府機構で、文化省よりもお金をもっているとも言われている。

この日、オペラハウス敷地内のギャラリーでエジプト人アーティスト個展のオープニングがあるというので、事務所のスタッフに誘われて会場に向かったのが午後7時半。招待状には午後7時となっていたが、うちの優秀なスタッフが「絶対に7時には始まらないから。」と言うので、それを信じてのっそりでかけると、案の定、待ちぼうけを食ったひとたちが所在なげにしていた。オープニングを7時半から20分でかたづけて、そこから徒歩2分で"BLACK COFFEE"の会場へ駆け込もうというのが僕の魂胆だったが、敵は僕ら平民の予想をはるかに上回る行動を示し、なんと展覧会の主賓であるカイロ県知事がいっこうにやってくる気配をみせないままに、時間は7時55分に。。。

冗談で、「芝居を見て戻ってくるころに、ようやく知事が現れたりして。」などと発言したら、同行してくれたスタッフのGさんが、「それももっともですね。」と自身ありげにうなずき、結果、同僚のOさん、Gさんとともに、3人で観劇することになった。おかげで、今回の演劇祭で見た5本ばかりの作品のうち、この"Black Coffee"の内容だけはずいぶんとしっかり理解できている。上演中、耳元でそれなりに大きな声でずっと通訳してもらうなんて、日本の劇場でやったら2分でつまみだされてしまうに違いない!

ところが、この芝居の会場であるArtistic Creativity Centerのゲートに行くと、中に入れてもらえない30人ほどの演劇好きがガードのおじさんに向かって激昂していて、なんだか不穏な空気。もうチケットは完売で、ありつけなかった人たちがなんとかして入れてもらおうとムダな抵抗をしていたのだ。これはムリだな、とあきらめかけていたら、Gさんは携帯電話をとりだして誰かにアクセスしようとしている。一方、そばにいた長身と短身の、バートとアーニーのような若者コンビが、珍しい黄色人種に興味を示して、僕らの氏素性を聞いてくる。カイロに駐在する文化関係者だと言うと、この二人が気をきかせて中の責任者と話をつけようとしてくれているではないか!!結果、会場のディレクターに電話したGさんの機転のきいた対応ぶりと、親切心あふれる若者のおかげで、なんと、チケットなしでわれわれ3人は、会場に入ることができたのだった。ゲートをくぐると、2月に日本映画祭でお世話になった館長がにこやかに迎え入れてくれた。

会場で配られた劇団と作品解説資料を見て、Gさんは感激を隠さずにまくしたてる。演出家のKhaled Galal氏は、エジプトの演劇界では相当に有名な才能ある演劇人だという。僕の直感もたまにはあたるらしい。なんでも、Cultural Development Fundが数十名の若者をオーディションで採用し、著名な演出家の指導のもと4本の作品を制作して卒業するというプログラムを実施していて、この作品がその3本目にあたるという。

暗転の後、舞台から黒い喪服に身を包んだ30名ほどの男女が、遺影を旨に抱き、号泣しながら登場。遺影は、オンム・クルスームやアブデル・ハリーム・ハーフェズといった、銀幕を飾った往年の歌手・映画スターたち、あるいはサアド・ザグルールやタラアト・ハルブなどの近代国家エジプトの礎を築いた偉人たちのもので、導入から観客は、この芝居が単なる個人的なものではない、より大きなものへの追悼を扱ったものだと気づかされる。

泣き疲れた男女は、舞台後方に整然と並び、一糸乱れずコーヒーカップを口へと運ぶ。エジプトでは、お葬式には華美な食事で弔問客をもてなすといったことはせず、ブラックコーヒーをみなで飲み交わしながら、喪失の苦味をかみ締めるのだという。すなわち、この導入だけで、作品はエジプトの栄光を形づくった偉人たちへの追悼、今は亡き輝かしきエジプトの栄光へのオマージュであることを雄弁に説明してくれたというわけだ。

その後は、
Scene 1 Arabic Language(アラビア語)
Scene 2 Gulf Acculturation of Art(アートの湾岸化)
Scene 3 Prayers(祈り)
Scene 4 Spinstership(婚期を過ぎた独身女性)
Scene 5 Bread(パン)
Scene 6 Ugly(醜い)
Scene 7 Audition(オーディション)
Scene 8 Family(家族)
Scene 9 Anecdotes(アネクドート)
Scene 10 Ignorance(無知)
Scene 11 Fatwas(ファトワ=イスラーム法学者による裁断)
Scene 12 Immigration(脱出)

というそれぞれのシーンで、古い良き伝統を喪失し誇りを失った現代エジプト人の滑稽さを過剰とも言える喜劇的演出で示してみせ、決まって様式化された「集団ブラックコーヒー一すすり」でもって幕を閉じる。その
「集団ブラックコーヒー一すすり」のバックには、輝かしきエジプトを誇らしげに歌った、40年代から60年代にかけてのナツメロやら、近代エジプト創設の立役者たちの自信あふれたお説教が流れる。

レバノンや湾岸から資本の力とともに流入する方言の力によって、多くの詩や芸術を生み出してきたエジプト口語アラビア語が混乱し破壊されていくさま、結納金と家賃を用意できないがゆえに結婚にふみきれない男性と待ちぼうけを食い続ける女性たち、かつては家や部族の誇りのための復讐が美徳であったこの地でもはや人々は一枚のパンをめぐって争うようになったしまった様子、俳優や歌手が才能ではなく縁故でしか選ばれない腐敗状況、前世代の遺言で語られる歴史的事実(ナセルのスエズ運河国有化や1973年の第四次中東戦争での「勝利」など)を子どもたちが全く知らないまま歴史的記憶が継承されない悲劇的状況。伝統の破壊、前世代のモラルの消滅が、若い威勢の良い役者たちによって、コミカルに表現されていく。どの場面でも、観客は笑って、笑って、笑いつかれた後、一杯のコーヒーとともに、ほろ苦い喪失感に行き着く。そして最後には、職にあぶれ、ボロ舟で地中海を渡ってヨーロッパへと危険な跳躍を試み、海の藻屑と消えていく若者たちを描いて、舞台は幕を下ろした。

客観的事実としては、悲劇としかいいようのない状況だが、この芝居は、ドタバタ喜劇的演出によって、瞬間的には娯楽に似た高揚感さえ、観客に与えているように見えた。これだけ深刻なモラル上の危機は、全世界的にも共通の現象であるとはいえ、エジプトにおいてはより深刻で、日々、政府の無策ぶりを糾弾する論調がメディアからも人々の口からもあふれている。してみると、この芝居でも、状況の責めを時の権力に帰する告発型の悲劇として描くことだってできるわけだが、状況を政府の作為・不作為を超えたレベルでのモラルの侵食・溶解と捉え、「この状況はわれわれみんながもたらしてしまったものだよね。」とでも言わんばかりに提示してみせる素振りには、結果を責任転嫁することなく自ら引き受けようする知的姿勢を感じた。一見、ノスタルジアに耽る軽薄な知的遊戯のように見せて、その実、笑いと追悼の往復運動を経験させることで観客自身に状況の「中」で考えることを強いるという仕掛けが用意されていたのだなーというのが、観劇後しばらくたってからの感想だ。

別に見たヨルダンやスーダンの芝居、あるいはこれまで日本に紹介されてきた中東方面からの演劇が多かれ少なかれもっていた告発的、糾弾的なスタンス、あるいは状況の外にいる第三者を観客に想定しているかに思われるメッセージ性といったものが、この芝居ではどこまでもエジプト人一人一人の内側の声の代弁となっている。国際演劇祭に出品された作品ではあるが、この作品は本質的にドメスティックだ。そして、逆説的ではあるが、そうであるがゆえに、僕たち外国人に対しても、「僕たちにとってのノスタルジアとは何か」を自問することを促す力をもっているように思われてならなかった。

先日見た、エジプト無声映画へのオマージュといい、この"Black Coffee"といい、エジプト作品には、この社会そのものがもつ、「枯れた味わい」が感じられ、それはそれで居心地が悪くない。不正義がまかり通る世界からのとんがった告発調の表現スタイルよりも、日本人のわれわれが受けいれられる点が多い気がするのである。

芝居が終わって、お隣の展覧会開会式に戻ってみた。これまでの演劇は40~50分で終わっていたが、今回は1時間半経っており、どうやら県知事は立ち去った後のようだった。個展は、タハ・エルカルニー氏の「マウリド」という作品一点を紹介するというもので、会場にはイスラームの聖者の生誕を祝うお祭りの熱気が、10mを超えるキャンバスに生き生きと描かれていた。知事も招待客もいなくなった会場は、さながら「宴のあと」といった風情だった。

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自己紹介:
インドで4年生活し、今度はエジプトへ!この国の人々の生態、面白情報をお届けします。

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