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えじぷとの文化、芸術、エンターテインメント堪能記です。 twitter: @sukkarcheenee facebook: http://www.facebook.com/koji.sato2
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76924e5ajpeg2月5日から、凧の専門家、大橋栄二・瑛子ご夫妻をカイロに迎えている。年齢の話題ばかりもちだすと気分を害されるのだが、記さないわけにはいかない。栄二さん76歳、瑛子さん71歳。縁側で日がなお茶を飲んでいてもおかしくない年代のお二人は、いまも年の半分ほどは凧の指導・実演で世界中を飛び回っている。



今回は、大きく2つの事業を行った。その1つが「ピラミッドで凧揚げ」。日本人学校の生徒さんに凧を作ってもらうほか、大橋さんが持参した凧も使って、エジプト人も大人も子供も一緒になってピラミッドで凧を揚げるのだ。カイロに夜遅く着いたその翌朝に設定された日本人学校での凧作りワークショップで、お二人はさっそく時差ぼけをふっとばして熱心に指導にあたる。桃太郎や龍やピカチュウの図柄をウォッシュプリントした縦30cm×横15cmほどの和紙に、子供達がマーカーで色をつけていく。絵ができたら、縦半分のところにまっすぐの、横は上下とも中央部にむかって湾曲した竹ひごを、セロテープで接着。上から3分の1程度のところに空いている小さな穴に凧糸を結びつけ、最後に左右の角にしっぽをつけて完成だ。小学校1年生から中学校3年生までが、それぞれのペースで凧づくりに励み、予定どおり2時間で全員の凧が完成した。



a2ea59dbjpeg72a79e85jpeg2日後の2月8日。エジプト考古庁に特別に許可いただいたヘリポートのスペースを借りて、日本人学校の生徒、カイロ大学の学生など100人あまりを集めた、ギザの3大ピラミッドでの凧揚げ大会が幕を切った。日本人学校の子供たちは自分達が作った凧を、それ以外の参加者たちは大橋さんが用意した大凧や、ビニール袋で作った小型の「インベーダー凧」を揚げる。そして極めつけが、大橋さん発明の「アーチ凧」。原理は連凧だが、このアーチ凧のユニークな点は、2つの連凧をつないでアーチ上に揚げることにある。発明者の大橋さんの解説によると、これまでの連凧は切れたら飛んでいって回収不能となる点、そしてある枚数を越えると負荷が強くて一人では支えられなくなる点が問題だったが、これを2つ繋ぐことによってこれらの問題の解消に成功したとのこと。実際、300枚以上が上空に舞ってもなお、負荷はなんとか一人で支えられる程度だった。これまでもお二人は湾岸戦争直前のクウェート・タワーや、壁崩壊前後のベルリンなどでこのアーチ凧を揚げており、とうとうピラミッドという長年の夢を果たしたのだった。風のほうは残念ながら弱い南風で、ピラミッドに向かってアーチをかけることはできなかったが、群青の空に高々と舞う連凧が、カイロの冬の終わりを告げていた。



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2つ目のプロジェクトが、エジプト人の子供たち対象の凧制作と凧揚げのワークショップで、われわれは、ピラミッドでの凧揚げの疲れを他所に、翌日2月9日早朝から、子供たちと日が暮れるまで遊んだのだった。



会場として選んだのは、イスラミック・カイロ地区のアズハル公園に隣接したAl Darb Al Ahmar(ダルブ・エル・アハマル)というコミュニティ。ここにオフィスを構えるアガ・カーン財団の敷地内で凧作りをして隣の公園でできたての凧を揚げるという3時間のプログラムを、午前と午後の2回行った。



10dcd3cbjpegダルブ・エル・アハマルは、もともとは四方をゴミが覆いつくすような低開発地域だったらしいが、イスラーム世界において開発、雇用創出、人材育成などさまざまなプログラムを実施しているアガ・ガーン財団がこの地域に公園をつくる計画をたて調査をした際に、ごみの山のなかからアイユーブ朝期の城壁が現れたことで、一躍注目を集めることになった場所だ。この城壁が十字軍から人々を守ったという。そんな「生きた」歴史遺産の復興の音頭とりをアガ・カーン財団が担い、住民の意識向上を通した住民自身のオーナーシップによるコミュニティの活性化がすすめられている。c95a9f0ajpegこのコミュニティの子供たちに凧作りを楽しんでもらおうという今回の着想も、ダルブ・エル・アハマルの将来を担う世代にものを作って遊ぶ楽しさを味わってもらおうというささやかな気持ちから出たもので、カイロで30年以上にわたって子供たちの教育やスポーツ振興に取り組むマリヤム進士さんから国際交流基金が提案を受けて実現した。





6d28c390jpeg45fc5471jpeg凧作りの手順は日本人学校でのワークショップとまったく変わらない。全体を通して作業の手際良さとか器用さという点では、授業を通して経験を積んでいる日本人のほうが若干勝っていたが、ドローイングや色塗りについてはエジプトの子供たちのほうがお手本を気にせずユニークな作品を作ったように思う。低学年の児童に対しては大人や高学年生が手を貸してやり、午前も午後も一人一個、自分の凧が出来上がった。お隣のアズハル公園は外からの一般客からは入場料をとるようや立派な公園で、それだけにとても綺麗に管理されているが、ダルブ・アル・アハマルの子供たちは地続きで自由に入って楽しめる。周囲をモハンマド・アリ・モスクなどの歴史的建造物に囲まれた広い草地で、たくさんの凧が上空を舞った。



02a2dcf6jpeg大橋ご夫妻は、気前よく何百人分もの凧の材料を無償で提供してくださり、出来上がった凧も子供たちに持って帰ってもらっている。こうして何十年にもわたって、世界中で子供たちとともに凧を作り、飛ばし、自然と遊ぶお二人が、実年齢以上に若々しいのは当然のことと、この数日間ご一緒して肌で実感した。明日帰国して、今度は18日からはマレーシアのジョホールバルのフェスティバルに出かけるそうで、栄二さんはフェスティバル期間中に喜寿を迎える。大橋栄二さんにいただいたご著書『創って揚げる手づくり和凧入門』(1990年、山海堂)の扉に直筆で書かれた言葉は、「凧下太平」。凧の下には太平の世が広がる。戦乱の地、心が荒廃した地には凧は上がらない。思い返すと、最後に凧揚げをしたのはいつのことだったろうか。「凧下太平」という金言に照らしてみたとき、現代の日本社会の危うさに思い至った。

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