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  <title>カイロ・ダイアリー</title>
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  <description>えじぷとの文化、芸術、エンターテインメント堪能記です。

twitter: @sukkarcheenee
facebook: http://www.facebook.com/koji.sato2 </description>
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    <title>とうとう帰国です</title>
    <description>
    <![CDATA[<font style="font-size: x-small;">２００７年のクリスマスイブにカイロにやってきて、ほぼちょうど４年。任務を終え、１２月２７日に帰任します。<br />
<br />
ブログ最初の投稿で「デリー以上だ」と驚愕した交通マヒは、その後も悪化の一途をたどっているようで、後手後手の都市計画にだいたんなメスが入ることがのぞまれます。<br />
<br />
でも、短気でプップカプップカならしてののしりあう姿も、ひとつの文化として愛すべきところがあり、これが日本のように整然としてしまうと、もはやそれはエジプトではないと言わざるを得ません。適度な改善を望みます。<br />
<br />
この国の文化、エンターテインメントを知りたい、知ったかたわら数少ないフォロワーに面白い情報をご提供したいと思って書きはじめました。<br />
<br />
カイロのエンターテインメントの目玉って、結局なんなんでしょう？<br />
<br />
ベリーダンスは結婚式の花ですが、一般的にはイスラム的戒律から忌避されるようだし、かつて映画大国だったエジプトの今は、製作本数さえ２０００年代から盛り返しをみせているものの、秀作は少ないようで、たまに出かける映画館もガラガラ。どこの国でもテレビに客を奪われ映画が沈むというのが潮流だけど、エジプトの映画づくりもなかなかに厳しい様子。１月２５日革命後の混沌とした一種無政府状態のなかで、「もはや表現してはいけないものはない」的空気が一瞬流れたものの、最近のカウンター・レヴォリューションの流れをみるに、表現者はこれからも厳しい社会的制約のなかで活動していかざるを得ないように思います。<br />
<br />
音楽もね～。こぶしまわしや短調メロディーがどことなく演歌との類似性を想起させて、日本人的にはイケルかなと思わせるアラブポップスも、最新の音を聞いている限りでは、ソングライティングにバラエティが感じられず、全部同じに聞こえる。アラブの歌謡曲に親しもうという趣旨で在留邦人が集うビラーディの会に入り、１０曲強の歌を覚えました。Sayyed DarwishとかDalidaとかAbdel Moneim Hafezとか、わりとクラシックな名曲中心でしたが、これも「昔の歌はすごく個性的でかっこいい」という個人的な印象。現代の歌手では、結局、King of Arab PopsのAmr Diabが、いまも僕のなかにすっと入ってくる歌でありつづけています。「アラブポップスに新風よ吹け」という気分です。<br />
<br />
そんななか、こちらも革命がきっかけで新しい音がそれなりに注目されてきたのはいい傾向。CairokeeがWust El BaladのHany Adelとタッグを組んで、タハリール広場を駆け抜けた若者の心情を表現した<a href="http://www.youtube.com/watch?v=Fgw_zfLLvh8">&quot;Sout El Horreya</a>&quot;は、１月２５日をリアルに体験した一人としては、ビデオクリップのイントロ、Semiramis Intercontinental Hotelをバックに飛び去る渡り鳥の絵が出た瞬間にノックアウト状態。一生懸命歌詞を覚え、９月のPeace Festival、野外ステージで、カイロの若者と一緒に大合唱するという夢を果たすことができたのは、幸せなことでした。<br />
<br />
ポップスというのではないけれど、アラブ音楽とジャズなど西洋音楽のフュージョンでいい音出してるのが、Fathy SalamaとEftekasat。前者は、ユッスー・ンドゥールの&quot;Egypt&quot;というアルバムの作曲でグラミーをとったということで、カイロでも僕ら外人には人気なのだけれど、一般的エジプト人で知っている人は異常に少ない。２，３か月に１回、オペラハウスの野外シアターに１００人程度の客を集めてライブ、チケットは４００円くらいっていう地味さは、どういうこと？歌謡曲のようにいかないのは当然としても、アラブポップス以外の音楽にマーケットが存在していない状況が、革命後に改善されていくことを願ってやみません。<br />
<br />
Eftekasatも同様の通しかしらない音楽という一づけですが、でも最近日本語講座にやってくる若者たちからもこのバンド名が聞かれたりするので、知名度があがってきている様子。彼らとは仕事でも濃い関係をもち、僕のカイロ滞在にも豊かな彩を与えてくれました。リーダー、キーボーディストのAmro Salahは、Trinity Collegeで音楽を専門にマスターした理論家でもあり、そして素晴らしいソングライター。そのうえ、音楽で人をハッピーにし本気でエジプトを世界を平和へと１ミリでも進めようとしている超ナイスガイ。２００８年から知人らとともにCairo Jazz Festivalを立ち上げ、各国からミュージシャンを集め、エジプトにジャズ文化を広め、根付かせようと本気でとりくんでます。２００９年にクリヤ・マコトさんのTokyo Freedom Soulをお迎えしてコンサートやワークショップをひらいたあの時間を通して、Amroと僕のなかに育まれた信頼と友情は、２０１０年にJapan Foundationが企画したUnit Asia公演でのEftekasatとの共演、そして凱旋東京公演へと実を結び、そして、２０１１年１２月２０日、Cairo Jazz ClubでのAmro Salah Jazz TrioとNorie Gaga（筆者と筆者のボスが９月のpeace Festivalのために結成したユニット）との共演によるJ-pop Nightで、（僕的には）大団円を迎えたのでした。<br />
<br />
このJ-pop Night、９月の路上ライブを見にきてくれたAmroがたいそう面白がって、Cairo Jazz Clubのマネージメントに売り込んでくれて実現したわけですが、僕が縁あって台詞の日本語訳を手伝ったエジプト人の若い映画監督の日本人を配役した短編映画の上映と寿司パーティと結合して、実にたくさんのお客さんに楽しんでもらうことができました。エジプトにおける認知度がゼロに近い日本の大衆歌謡曲の魅力をうまく伝えたいと思い、ボスと一緒に１８曲の候補曲をリストアップ。Amroのトリオに聴いてもらって、１１曲に絞り、当日演奏したのは９曲。在留邦人の女性にゲスト出演いただき、女性の歌として、「異邦人」「ハナミズキ」「誰より好きなのに」を披露。僕のほうでは<a href="http://www.youtube.com/watch?v=WcBzar793iE&amp;context=C38c8a9fADOEgsToPDskKU2h5oUpqRBwLVZGSrLa-v">、「勝手にしやがれ」「</a><a href="http://www.youtube.com/watch?v=KeQdi0QHjAA&amp;context=C3c14e9dADOEgsToPDskKyzL58PzE5LAzysmdDYkN6">島唄」</a>「希望の轍」「真夏の果実」「ありがとう」（奥田民生・井上陽水）「上を向いて歩こう」を歌わせていただきました。<br />
<br />
トリオの演奏は完璧。プロとはこういうものかと改めて痛感しました。なにより、ジャズミュージシャンらしくいくらでもアバウトにアレンジできるところを、原曲に忠実に敬意いっぱいに演奏してくれたのがうれしかったです。カイロ市内のスタジオでのリハのとき、Amroが「異邦人」をして自分の生涯聞いた音楽のなかで最高に美しい曲と興奮して語ってくれたときが、今回のプロジェクトのなかで一番心躍った瞬間でした。自分がこよなく愛する日本の文化やアートを気に入ってもらえたときにエクスタシーを感じてしまう。これは職業病なんでしょうかね？<br />
<br />
１月２５日以降は、このブログの性格も、文化芸術を語るよりも革命後の社会の激動を追いかけることにかなり移ってしまい、数少ない愛読者のみなさんをがっかりさせたかもしれません。自分のカイロ滞在の備忘録的にはじめたものなので、一貫したテーマ、編集方針というものがなかったものですから、こんな形で脱線しながら書いてきた４年間でした。<br />
<br />
昨日、Amro Salah Trioのライブを見たあと、Amroとその友人たちとカフェでよもやま話を楽しんだのですが、政治の話になると、最近はなかなか明るくなれくて、最後はしんみりしてしまったものです。なぜか順調に進む選挙の合間に、１１月、１２月と続いた軍・警察と市民との衝突は、明らかに１年前の革命に沸いた熱狂の圧倒的な後退を示していて、未来に希望をもとうとする人々を陰鬱な気分にさせます。タハリール広場と目と鼻の先にある僕のオフィスは、再度の衝突への懸念から満足に営業できないまま年を越しそうです。結局、革命を擁護すると公言するエジプトの軍というのは、１９５２年の自由将校団による王政転覆革命以来ずっと、この国の政治・経済・社会を牛耳ってきたわけで、事情通の友人の話だと、軍保有の４００社にのぼる企業が国内総生産の３５％を占め、あらゆる課税から免除され巨万の富をほしいままにしているのだそうだ。だから、革命後の民政移管というのも、その軍のアンタッチャブルな超法規的権益を侵害しないことが前提になって進行中で、今回の下院選挙で７割をとったといわれるムスリム同胞団と軍は、すでにそれを前提にした同盟を結んでいるという構図。ということは、このままこの政治プロセスを追認した先には、軍を超法規的存在として追認する新憲法が制定され、民主的手続きで選出された議会も大統領も、この超法規的存在からのプレッシャーから自由にはなれないという悲しい事態が待っているということなのだろうか。<br />
<br />
それが１年前の「革命」の顛末だとしたら、あまりにも悲しい。<br />
<br />
昨夜未明、ザマーレクのオンム・クルスーム像の前で、Amroと握手を交わして別れた。たとえそうであっても、希望をもちつづける、そして音楽で、文化の力で、世の中を楽しくしていくんだ、と誓った。<br />
<br />
明日、１２月２６日は最終勤務日。引き継ぎをできる限りがんばって、夕方には日本をJapan Foundationを愛して日々やってきてくれた若者たちと最後の時間を楽しみ、２７日早朝、カイロをたちます。<br />
<br />
僕が愛するエジプトの友人の未来が幸多からんことを祈ります。</font><br />
<br />
<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://egyptians.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%86%E5%B8%B0%E5%9B%BD%E3%81%A7%E3%81%99</link>
    <pubDate>Sun, 25 Dec 2011 22:54:30 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>革命第二弾？１１月２３日現在の情勢、これから先どうなる？</title>
    <description>
    <![CDATA[<font style="font-size: medium;">１月２５日から２月１１日までの１８日間に匹敵するスケールと強度のデモと衝突がタハリール広場を中心に展開されている。カイロではタハリールを離れればいつもと変わらない平穏な空気が流れているが、デモと警官隊との衝突はアレキサンドリアなど地方都市にも展開して、多数の死傷者を出している模様。<br />
<br />
昨日１１月２２日は１００万人大行進の名のもとに、タハリールにも数万人の抗議デモがＳＣＡＦの即刻退陣を要求して展開され、重い腰をあげて（？）タンターウィー将軍が午後７時過ぎ声明を出す。概要は、以下、Ahram Onlineから拾ったとおり。<br />
<br />
1. Tribute to the martyrs of January 25 Revolution.</font>
<p>
	<font style="font-size: medium;">2. Egyptian Army protects the will of the Egyptian people.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">3. The Army has been patient in dealing with multiple attempts to smear its reputation and patriotism over the last few months.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">4. The Army has not shot one bullet at an Egyptian citizen</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">5. The Army will never stand in opposition to the Egyptian people.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">6. The Army&#39;s main goal since February has been to bring back a sense of security to the Egyptian street.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">7. The Army tried to stand behind the police force, which protects the Egypt people.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">8. The Army and the goverment have been steadfast in protecting the national interests and what&#39;s best for the country under very harsh conditions.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">9. The Army continuosly consulted with all political forces in the country and never made any unilateral decisions during this transistional period.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">10. The Army attempted to facilitate the birth of a new democratic age in the history of Egypt.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">11. The SCAF never wavered in its support of holding parliamentary elections and handing power to a civilian administration.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">12. We stopped referring civilians to military trials based on the wishes of our people.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">13. Some continued to doubt the honest intentions of the SCAF. Many continued to instigate divisions between the Army and the people.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">14. We are not interested in holding a monopoly over power in Egypt.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">15. We are committed to defending the national interests of this nation.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">16. We have accepted the resignation of Essam Sharaf&#39;s government and I have directed the outgoing Cabinet to continue fulfilling their obligations until a new cabinet is formed.</font></p>
<p>
	<font style="font-size: medium;">17. We reiterate our commitment to holding parliamentary and presidential elections no later than June 2012. We will hand over power to a civilan administration, should the people so wish it.<br />
	<br />
	いまも繰り広げられている毒性の強いＣＲガスや実弾を使用した軍と警官隊の暴力に対し、完全にしらをきっている姿勢が、まずは人民の反感を大いにかった。今朝のタハリールの映像は、まばらな人影を映しているが、ジャジーラ等報道のみたてでは、みな食事や着替えに一時帰宅しただけで、午後からまた相当規模の抗議デモ隊が戻ってくるだろうとのこと。<br />
	<br />
	それに対して、辞任したシャラフ内閣に代わる救国臨時内閣の組閣、来週日曜の予定を変更していない下院議会選挙の具体的実施方法（おととい施行したばかりの旧政権関係者を排除する法律の適用や投票所の安全確保などなど）などを、将来の大統領候補や政党リーダーらと協議しているであろうＳＣＡＦが、今日明日にかけてどんな追加的声明を出していくか、それは怒りに火がついた市民を一定程度納得させうるものなのか。<br />
	<br />
	ばかにされ続けてきた市民が怒るのはわかるが、それにしても、革命後選挙が行われるまでの間の正当性ある統治は代議制度以外のどこかに委ねられなければならず、それはうまく機能するかどうかは別として、エジプトにおいては軍以外にはない。抗議デモを繰り広げる人たちも、タンターウィーを即刻辞任させて軍政からの民政移管を加速化させよと言うが、正当性をもった民政を作るためには選挙をやらなければならない。バラダイが救国内閣を率いてくれればいいというものでもないだろう。<br />
	<br />
	しかし、ＳＣＡＦおよびシャラフ暫定内閣は、公正な選挙を実現するための十全な準備を怠ってきた。これほどに市民の信頼を失った警察機構に、投票所の安全を保障させることは不可能。そして、旧態以前とした票を金で買う不正が国中に横行しているという。こんな状況で予定どおり２８日に選挙をやったとしても、市民は結局選挙の正当性を認めず、新しく生まれた議会が進める憲法制定のプロセスに対する支持からはじまりその後に続くあらゆる国づくりを阻害していくだろう。<br />
	<br />
	アラブ人、大国エジプトのメンツか。どうして選挙監視団など中立的なバッファーの介入を受け入れなかったのか。僕には、それがとても愚かな判断だったと思えてならない。<br />
	<br />
	まったくアテのない期待だが、とにかくこれ以上の死傷者を出さない形で、この騒擾が早く収まってほしい。</font></p>
]]>
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    <category>社会　SOCIETY</category>
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    <pubDate>Wed, 23 Nov 2011 06:14:50 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>無題</title>
    <description>
    <![CDATA[C:\Documents and Settings\Administrator\Local Settings\Temp\PMBPortable\DSC00145(1).jpg<br />
<br />
<br />
<br />]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://egyptians.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E7%84%A1%E9%A1%8C</link>
    <pubDate>Thu, 04 Aug 2011 11:21:18 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>ラマダーン初日、軍によるタハリール広場一掃</title>
    <description>
    <![CDATA[<font size="2">たったいま（８月１日午後３時）、タハリール広場に軍が入ってきて、わずかに残って座り込んでいたデモ隊のテントを一掃し、７月８日以来封鎖されたいた広場の交通が開通しました。<br />
<br />
すでに、３５ある抗議グループ中２６がラマダーン期間中の座り込み中止を決めており、残ったグループはその要求はまちまちで統一がとれていないこと、広場の近辺の商店主を含め、市民の大半がタハリールの座り込みを支持していないことから、強行手段に訴えても国民の大多数から非難されることはないとの確信をもって、軍は出てきたのでしょう。<br />
<br />
いま、僕の運転手が興奮して事務所に戻ってきて、「おれもテントをきれいにしてきたぞ」だって。<br />
<br />
政治プロセスが良い方向に進んでほしいとは思いますが、聖なるラマダーン月を家族と過ごすことも大事。国民の多くがそれを望んだということで、これから１ヶ月は心穏やかに過ごせるでしょうか？？ムバラク裁判は、あさって、８月３日の予定・・・・</font><br />
<br />
<br />]]>
    </description>
    <category>社会　SOCIETY</category>
    <link>http://egyptians.blog.shinobi.jp/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%80%80society/%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%88%9D%E6%97%A5%E3%80%81%E8%BB%8D%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%82%BF%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%BA%83%E5%A0%B4%E4%B8%80%E6%8E%83</link>
    <pubDate>Mon, 01 Aug 2011 13:24:47 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>いよいよラマダーンです！</title>
    <description>
    <![CDATA[週があけると８月１日からラマダーンがはじまる。<br />
ムスリムに心底共感して一緒に断食するほどの高邁な意志をもたないため、なんとなくこの一ヶ月の間に夏休みをとって帰国したり旅行したりしてきたが、今年は少なくとも最初の３週間ほどはエジプトで、彼らと苦楽をともにすることになるだろう（といっても、断食はしないので、気分だけ）。<br />
<br />
そして、明日、２９日はラマダーン前最後の金曜日。７月８日からはじまった座り込みは、その後、要求に対する軍と暫定政権の対応に対する評価をめぐって分裂傾向にあったが、明日は、立ち位置の違いを乗り越えて、２６の党派が結集して改めて旧勢力の一掃、軍事法廷での裁判の禁止などの要求をつきつけるようだ。<br />
<br />
メディア報道はどうしても、衝突が起こって死傷者が出るような場合しかとりあげないので、日本にいると、なにやらいつも危なっかしいように見えるようだが、そんなことはなくて、９割がたは平常な世の中です。<br />
<br />
タハリールも、決死の正義感あふれる若者ばかりかと思えば、つい数日前には舞台で「ムバラク死亡説」を延々唱える学者先生と、それを舞台からおろそうとする運営側とのこぜりあいが、見物人にも波及して石の投げあいになったなんていう、ちょっとアホらしい話も聞こえてくるし、タハリールに集まる人間の行動に不信感をもつ知人の現地調査によると、テレビカメラの前で体制に対する罵詈雑言の限りを尽くす特定の女性がいて、特定の仕切り屋男性に対して、「○○と&times;&times;のカメラでしゃべったらいくらいくらよこせ」などと金をせびっていたとかいう話もある。金はどこから出ている？？？<br />
<br />
昨日、これからの交流プロジェクトのことを相談にきた事情通のエジプト人弁護士の話しから、４月６日運動やキファーヤ運動は立ち上げ自体がアメリカのてこ入れによるもので、もちろんアメリカはレジームの転覆を意図していたわけではないにせよ、ホスニ･ムバラク体制に対するブラック・メイルを巧妙に組織化しながら、息子ガマルへの禅譲へと誘導しようとしたその画策の全体像のなかで、子飼いの反体制勢力を操作してきたということを、再確認させられた。４月６日運動の創設メンバーの一人は、セルビアでミロシェビッチを倒すための西側がてこ入れする運動にカラシニコフをもって参戦した過去を自身のＦＢで自慢げに語ったことで、組織の正当性にキズをつけた。いま、この運動体は、アメリカから金をもらっているグループとそうでないグループにスプリットしている。こうしたことを、ちょっとネットで探すと、根も葉もない話ではない、ということがわかってくる。<br />
http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/revolution-in-cairo/inside-april6-movement/<br />
<br />
アメリカや西側世界の意図はどのへんにあるのだろうか。軍の描く工程表どうりに９月に選挙をやってしまうと、立ち上がったばかりの世俗リベラル政党が議席をとれず、ムスリム同胞団の一人勝ちになるので、これを避けるためにデモを過激化させ、軍との緊張・衝突を煽ることによって、軍と市民の信頼にくさびをうち、それによって選挙をさらに後ろへ遅らせようとしているというのが、よく聞くセオリー。いまのところ、工程を書き直した軍の発表では、９月１８日から選挙人・政党の登録開始、投票は１１月になる模様。<br />
<br />
真夏のラマダーン、人々が精神的に純化される１ヶ月を、今年のエジプトは平和に乗り切れるか？あまり期待できない話だが、明日のデモから８月３日のムバラク前大統領の裁判にかけての流れが、大きな対立なく展開して、その後はタハリールのバリケードが撤去され、ひとびとはラマダーンを家族と静かに過ごしながら、来るべき選挙に向けて建設的な準備がはじまりますよう、In Sha Allah!!<br />
<br />
ラマダーン・カリーム。<font size="2"><br />
</font><br />]]>
    </description>
    <category>社会　SOCIETY</category>
    <link>http://egyptians.blog.shinobi.jp/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%80%80society/%E3%81%84%E3%82%88%E3%81%84%E3%82%88%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%A7%E3%81%99%EF%BC%81</link>
    <pubDate>Thu, 28 Jul 2011 17:37:58 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>大詰めのエジプト第二革命</title>
    <description>
    <![CDATA[<font size="2">久々にタハリールが燃えている。<br />
7月8日の大規模金曜デモを組織した革命勢力は、軍と暫定政府に対して遅々として進まない旧勢力の退場を中心とする要求を突きつけ、継続した座り込みによってプレッシャーをかけている。<br />
<br />
そして、明日火曜日も、百万人のデモを呼びかけ、体制からの前向きな回答を今にも引き出そうとしているようだ。<br />
<br />
今日のアハラーム紙（ウェブ版）によると、Essam Sharaf首相は、日曜に革命青年グループに対して包括的な改革の約束をしたそうで、そこには、抗議者を狙撃した者を含む1400名にのぼる警官の7月15日までの解雇、7月17日までに閣僚の3分の１以上の入れ替え（旧体制派の一掃）、今月末までの国営メディア（テレビ・ラジオ）の経営陣の刷新、月末までに新たな県知事の再任命の発表を行うなど、盛りだくさんだ。<br />
<br />
そして、この日程での改革が実現できなければ首相を辞任するとして、自らの退路を断つ気合の入れようだ。<br />
<br />
当然、首相の裏には実権をもつ軍が構え、旧勢力やエジプトに大きく変わってほしくない湾岸王族などの要求と目の前の革命勢力の要求とを天秤にかけながら、適当な落としどころを探っているに違いない。だからこそ、首相は、自分の首をかけて、ストリートの声に殉じると宣言する必要があったわけだ。これで、シャラフ首相がさまざまな妨害によって十分に改革を断行できなければ、首相辞任となり、今度は首相の足をひっぱったとして軍の権威・信頼が失墜することになるから、軍としてもここにあがったアジェンダの多くを受け入れざるを得ないのではないか。<br />
<br />
希望的観測だけれど、これらの要求が通って、市民が安心してラマダンを迎え、そして9月の選挙に向けて、自らの支持・所属政党を選択し、その政党のシンパを増やすという未来を向いた活動に集中できるよう、強く願っている。<br />
<br />
タハリールが静まってくれないと、そのどまんなかにオフィスを構えるこちとら、落ち着いて仕事ができないのだから！！</font><br />
<br />
（リンク：Ahram Online:'<a href="http://english.ahram.org.eg/NewsContent/1/64/16111/Egypt/Politics-/Egypts-PM-Essam-Sharaf-races-time-as-protests-esca.aspx">Egypt's PM Essam Sharaf races against time as protests escalate</a>'）]]>
    </description>
    <category>社会　SOCIETY</category>
    <link>http://egyptians.blog.shinobi.jp/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%80%80society/%E5%A4%A7%E8%A9%B0%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E9%9D%A9%E5%91%BD</link>
    <pubDate>Mon, 11 Jul 2011 17:03:32 GMT</pubDate>
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    <title>FRIDAY of WORK or HUNGER?</title>
    <description>
    <![CDATA[<font size="2">５月２７日、第二の怒りの金曜日は１０万人近い動員だったが、一週間後のデモは結集力あるスローガンを見出せず、フェイスブックでも抗議をやめて仕事をしようとの趣旨で「労働の金曜日」などと銘打つ動きがあったりで、結局数百人のまとまりのないデモが行われただけだった。交通もまったく止まることなく流れた模様。<br />
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身元不明の女性ジャーナリストが、広場での女性へのセクハラ調査をやっていてデモ隊と小競り合いになり、軍が威嚇射撃をしてこのジャーナリストを広場から追い払うという一幕もあったようだが、総じて静かな金曜日だった。<br />
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木曜日の夜、タハリールに日参しているエジプト人女性の話を聴く機会があった。<br />
革命の中心になった青年リベラル勢力が結成した政党のミーティングに参加したら、そこで議論されていたのが、イスラム、キリスト教、ユダヤ教以外の宗教を国は認めるべきかとか、そういう宗教の集会・結社を認めるべきかというような話題で、これが紛糾してしまう有様。なにがリベラルだ、と。彼女はこういう状況を揶揄して、「サラフィ以外はみんなリベラル」と、この国の革命後の精神のありかたを批判した。<br />
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なんでも自由が良いとはいわないが、個人が自分の信条や良心を他人に否定されない基本的権利くらいは、革命の果実として実ってほしいものだ。<br />
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来週の金曜デモは、労働の金曜を皮肉ってなのか、Friday of Hungerと銘打たれ、７００ＬＥと規定されたばかりの最低賃金法に物申す会になると報じられている。デモに政治的求心力が乏しくなって、一向に好転しない経済への憤懣にとってかわるのは、あってほしくないシナリオなのだが。</font>]]>
    </description>
    <category>社会　SOCIETY</category>
    <link>http://egyptians.blog.shinobi.jp/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%80%80society/friday%20of%20work%20or%20hunger-</link>
    <pubDate>Sat, 04 Jun 2011 07:05:15 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>マダラ模様なポスト・レヴォリューション</title>
    <description>
    <![CDATA[<font size="2">５月２７日金曜日。二度目の怒りの金曜日と称して、タハリール広場に１０万人近い人々が集まった。前回の日記に書いたスーザンの釈放とホスニへの恩赦説に激怒した市民が、久々に党派を越えて集まったようだ（ただし、ムスリム同胞団を除いて）。そのほかにも、３月１９日に国民投票で承認された改正憲法を無効化して、新たに起草委員会を立ち上げろだとか、９月の議会選挙を遅らせろといった要求も掲げられていた模様。<br />
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それに対する今週の政府の反応は、ひとつにホスニ・ムバラク前大統領、ナズィーフ元首相らが携帯、インターネットを止めた罪の確定と罰金の適用。ムバラクには２億ポンド（約４，０００万ドル）なんていうすごい数字が課された。しかし、公金横領はもちろん、なによりもデモ隊の殺傷そのものに対する責任を問うという本丸には程遠く、市民の抗議に対して、とりいそぎ結果を出しやすいところから確定させて茶を濁した感はどうしてもぬぐえない。<br />
<br />
そして、昨日軍最高評議会が発表したのが、選挙法改正案。９月に予定されている下院議員選挙のベースになる大事な法改正で、革命青年同盟らが旧体制の悪弊を徹底的に除去するよう求めていたけれど、出てきた案は結局、随分保守的なままだったようだ。革命勢力は旧体制では選挙区制のなかで、ＮＤＰ有力者が金で票を買い漁る不正が横行していたため徹底した比例代表制への移行を求めていたが、本改正案では全議席中３分の２を選挙区制で選出するとした。また、これも以前から軍と市民の対立軸になっていたものだが、農民・労働者と女性へのクォータ制の維持。前者に議席の半分、後者に６４議席を分配しようというもの。これは軍と市民の間のイデオロギー闘争というよりは、このような国の形を決めるような事項について軍には変更する権限がないというのが、軍のそもそもの立ち位置。３月の憲法改正でも、国民投票にかけるにも関わらず大統領の権限や選出に係る最低限の条項に手を入れただけで、抜本的な修正は新たに選出される政府と大統領に委ねるというのが、暫定統治権力の一貫した姿勢だ。昨日の抑制の効いた選挙法改正案には、ムスリム同胞団を含む全政治勢力がすかさず反対の意を表明している（リンク：&quot;</font><a href="http://english.ahram.org.eg/NewsContent/1/64/13291/Egypt/Politics-/Draft-law-introducing-mixed-electoral-system-trigg.aspx"><font size="2">Draft law introducing mixed electoral system triggers intense debate,&quot;</font></a><font size="2"> Ahram Online)。<br />
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もう一つの大きな動きは外交面から。ガザとエジプトとの国境、Rafahが解放され、１８歳から４０歳までの男性を除くガザ住民は、事前申請なくしてエジプトに入国できることになり、エジプト新政府の仲介で実現したファタハとハマスの和解・統一政権への対話再開に続く、アラブ外交におけるエジプトの復権を印象づけるニュースだ。もちろん、イスラエルがこの動きに警戒感を強めていることはいうまでもないが、１８歳から４０歳までの「戦闘可能年齢」に事前申請を課すことで、米・イスラエルの懸念にこたえる形をとっているらしい。<br />
<br />
こんな感じで、国の形に影響を与える法制度や宗教・民族問題など重い部分には極力保守的に臨み、外交と旧指導層断罪という分りやすい分野で点数を稼ぐという天秤作戦でもって、暫定統治者たる軍は破綻しない程度の舵取りで秋の選挙までもっていこうとしているようだ。<br />
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一方で、革命でさんざん悪者にされた警察は完全にいじけて、そこにいるだけで揉め事にまったく介入しようとしないでくの坊状態。その究極の弛緩ぶりをついて、原理主義者や旧支配層が宗教マイノリティという社会の一番弱い部分を狙って社会不安を増強させるし、こうしてちっとも改善しない治安情勢は主幹産業である観光はじめ経済全体にダメージを与え、レイオフなど目に見える痛みをもたらしつつある。マダラ模様に展開するポスト・レヴォリューションは、エジプトをどこに連れていこうとしているのか。<br />
楽観はできない。<br />
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    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://egyptians.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%A9%E6%A8%A1%E6%A7%98%E3%81%AA%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3</link>
    <pubDate>Mon, 30 May 2011 20:15:11 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>宗教対立の激化、再び流動化する社会、そのなかで静かに文化交流にいそしむ日々</title>
    <description>
    <![CDATA[<font size="2">エジプトの治安が安定してくれないので、日本から人を招いた仕事はまだ当面は難しそうだ。<br />
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だからといってヒマにしておれんと思っていたところに、去年11月にアレキサンドリアで津島佑子さんの『光の領分』を芝居にした演出家がカイロでも公演をやりたいと言ってきたので、せっかくだからと原作の翻訳者に登壇いただいて、公演後に演出家・脚本家・翻訳者の三者対談を組んでみた。エジプトの若きクリエーターたちは、原作の日本的な風景や事象を伝えることには関心がなく、むしろ夫に離縁を迫られる女と娘の社会とのかかわりの難しさという普遍的テーマに反応したようだ。だから、観客のなかで日本というより演劇自体に関心がある人たちは純粋に、作品の国籍を意識せず楽しんでくれたようだが、日本に関心をもってきてくれた人にとっては、日本を表象するものが見つけられなかったことがものたりなかった様子で、質問やコメントでは、しきりに主催者の僕に対して、もっと日本文化を紹介してほしいと激烈アピール。襟をただして臨みたいと思う一方で、こういう議論の場では、作品そのもの、そして作品の翻案・アダプテーションという問題にフォーカスした議論が少なかったことが残念だ。<br />
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女性のモノローグに仕立てた30分の芝居は、スピーディーで、ダイナミックで、原作のスローで内省的な世界とはずいぶん違う雰囲気だったけれど、言葉があまりフォローできなくとも、面白さが伝わってきた。うちのエジプト人スタッフなど、そこまでかと思うほど感心しきりで、日本文学の戯曲化という今回の方法を大いに気に入り、どんどんやろうと盛り上がっている。巷はデモだ宗教暴動だパレスチナ連帯だと大騒ぎだが、こんな形で久しぶりに日本文化を種にしてエジプト社会に一石を投じることができて、ほのかな充足感がまだ持続しているところだ。<br />
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詳細は、<a href="http://jfcairo.wordpress.com/2011/05/17/%E6%B4%A5%E5%B3%B6%E7%A5%90%E5%AD%90%E5%8E%9F%E4%BD%9C%E3%80%8C%E5%85%89%E3%81%AE%E9%A0%98%E5%88%86%E3%80%8D%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%81%AE%E5%B0%8F%E5%8A%87%E5%A0%B4%E3%81%A7%E4%B8%8A%E6%BC%94/">公式ブログ記事</a>をご覧ください。<br />
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世の中はいっこうに落ち着きを見せず。7日のImbaba教会焼き討ち事件は、エジプトの先住民たるマイノリティ、コプト教徒の間で大きな衝撃を与えたようで、宗教間の法的な平等を求めたタハリールや国営テレビ局でのデモが、いまも続いている。5月13日の金曜デモは、イスラエル建国記念＝パレスチナにとっての破局（ナクバ）記念日の5月15日に向け、パレスチナへの連帯を示すという性格の強いものとなり、本来中心テーマであるはずのムスリム・コプトの連帯は、なぜか脇へおいやられ、しかも、翌14日にはまたもやならず者（バルタギ）がテレビ局前のデモを襲撃し、死傷者が出る衝突になってしまった。国民一丸となった民主主義の遂行という革命精神を守ろうとする人々が、コプトもムスリムも一体となって、遅々として進まない3月のSorの教会焼き討ちの真相究明と、今後の宗教間の法的平等実現を求めて、勇敢にストリートで抗議を続けている。Sharaf暫定政権もＩｍｂａｂａ事件の調査委員会を発足させ、アズハルのタイイブとコプト教会のシュノーダが和解を求める声明を出すなど、表の政治世界でも一定の努力は見られるが、一旦出来てしまった不信の亀裂は、特に劣勢にたつマイノリティ、コプトの人たちにとって修復しがたいレベルに達しているように見える。<br />
<br />
報道は事件のみをクローズアップするため、どうしても遠目には、国民レベルでクラッシュと不和が生じているように見えてしまうが、もちろんこれは、ごく一握りのグループが引き起こしている事件で、しかも純粋に信条をめぐる対立といいきれない要素を含んでいる。大多数の国民は、宗教・宗派の違いを越えて普通に社会生活をおくっている。僕の職場にも、ムスリムもコプトもいるけれど、違いの信条に対しての嫌悪感、違和感のようなものは一切もっていない。一連の事件に、旧与党NDP勢力が関与していることは、デモを襲ったならず者がNDPのIDをもっていたことからも明白（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=NwdoE8xQmas&amp;feature=share">http://www.youtube.com/watch?v=NwdoE8xQmas&amp;feature=share</a>）。なんとかして社会的な不安を煽って、革命前の状態への復元を一人でも多くの人が望むように方向づけたいのだろう。<br />
<br />
ただ、事件に関与していると思われるもう一つの勢力、Salafistsとなると、話は別かもしれない。このイスラム原理主義集団については、メディアも実態を把握できていないようで、表ではムスリム同胞団らとともに宗派間連帯を説いてまわっているものの、裏では旧勢力とつながりながら、勢力を拡大させようとしているのだろうか。Al Ahram Weeklyの最新号では、１ページにわたって彼らが何者であるかを紹介している。70年代からあらわれた復古主義者たちで、大きくは１．イデオロギー型と２．組織型に分かれ、１は、１－①Scholastic Salafis（神学サラフィー、70年代にアレキサンドリアから勃興）、1－②Activist Salafis（行動型サラフィー、カイロのシュブラ地区から70年代に誕生）、１－③ジハーディスト（アルカイダも含まれる）に、２は２－①Ansar Al-Sunna Al-Mohammediya Society（預言者ムハンマドの言行支持者集団）、２－②Al Gamiya Al Sharia（シャリーア集団）、２－③ワッハービズム　にさらに分類されるという。僕の拙い理解では2－③＝サラフィーで、もっぱらサウジへ出稼ぎに出てそこでワッハービズムの影響を受けた人たちが湾岸戦争のせいで本国に帰還したことからエジプト社会のサウジ化が進んだというものだったが、それがもっと大きな拡がりをもつものだということだけは、この記事から理解できた。そして、ときの政権は、ムスリム同胞団の伸張をおさえるためのカウンターとしてサラフィーたちを担ぎ出したり（70～80年代）、ひっこめたりしてきたが、現在は、新たなindependentsと呼ばれる勢力が、ムバラク政権から与えられた専門衛星テレビチャンネルを利用して、市民の生活レベルの疑問にイスラム原理の解釈でもって応えることにより、絶大な支持を集めている。その代表的なイデオローグがSheikh Mohamed Hassanで、ムスリム市民の絶大な支持を得て、今回の宗派対立においても、アズハルや軍最高評議会から調停役を求められたりしているようだ。<br />
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1月25日革命に対する同氏のコメントを聞くと、決して超保守ではなく、イスラームに遵法する形で社会変革すべしと、革命を肯定している（</font><a href="http://www.youtube.com/watch?v=ZFfcexRsgCw"><font size="2">http://www.youtube.com/watch?v=ZFfcexRsgCw</font></a><font size="2">）。とすると、サラフィーというのは、異宗教に対して絶対非寛容で暴力肯定型の集団から、穏健でイスラムによる平和のなかで異宗教の存在を許容する集団まで、相当に幅のある人たちのことで、では、一連の衝突に直接に関与しているのはどのグループで、それに対して穏健派はどう反応しているのか、もっと仔細に見ていく必要がありそうだ。<br />
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片や旧勢力の審判をめぐっては、スーザン・ムバラク夫人が、エジプトの２つの口座に保有していた公金とみられる400万ドル相当額のエジプト・ポンドを返還することを条件に釈放され、ムバラク前大統領本人も同様に、私物化していた公金を返還することを見返りに、恩赦を求めていると報じられている。ムバラク一族の逮捕は、やはり革命勢力に対する目くらましで、一瞬喜ばせておいて、その実、厳しい処罰の飛び火を嫌う湾岸の王族らの要求を呑んで、こっそりと釈放・減刑していくという算段だったということだろうか。復興のために湾岸のオイルマネーをどうしても必要とする軍と暫定政権が、さまざまな裏取引のすえに、国民がなかなかに納得しえない幕引きを用意しているのかもしれない。<br />
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</font>]]>
    </description>
    <category>社会　SOCIETY</category>
    <link>http://egyptians.blog.shinobi.jp/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%80%80society/%E5%AE%97%E6%95%99%E5%AF%BE%E7%AB%8B%E3%81%AE%E6%BF%80%E5%8C%96%E3%80%81%E5%86%8D%E3%81%B3%E6%B5%81%E5%8B%95%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A7%E9%9D%99%E3%81%8B%E3%81%AB%E6%96%87%E5%8C%96%E4%BA%A4%E6%B5%81%E3%81%AB%E3%81%84%E3%81%9D%E3%81%97%E3%82%80%E6%97%A5%E3%80%85</link>
    <pubDate>Wed, 18 May 2011 18:10:14 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>Imbaba事件の衝撃：世俗政党立ち上げを急げ！</title>
    <description>
    <![CDATA[<div class="panel-pane pane-node-title" jquery1304883132070="40">
<div class="pane-content"><font size="2">5月7日夜、カイロ西部の庶民街Imbaba（インババ）地区でコプト教徒とイスラム教徒が衝突、報道では少なくとも12人が死亡、186人が負傷したとのこと。<br />
<br />
先週の日記にも書いた、ムスリムに改宗した女性をキリスト教会が幽閉しているという噂が両宗教間の緊張を高め、ついにこのような大規模なクラッシュを起こしてしまったというふうに解釈するのが簡単なのだけれど、どうも釈然としない。<br />
<br />
まず発端となった幽閉事件について、英語での報道からは実態がよくわからない。事実だとすれば、火種はコプト側がまいたということになるのかもしれないが、そうだとしても、ひとりの女性の改宗をめぐる夫婦間のトラブルが、こういうヒステリックな集団暴動に発展してしまうプロセスには、いろいろな政治的な力が働いていると考えるのが自然だと思う。<br />
<br />
最近シャリーアによる統治をかかげて聖人崇拝から異教徒の知事任命まで非イスラーム的と認定するあらゆる事象を避難するSalafistと呼ばれる原理主義者たちが、当然のようにこの問題でも大上段にコプト教徒たちを集団として非難する運動をしてきたが、昨日のクラッシュと教会焼き討ちに対しては、自分たちの仕業ではなく、エジプトに宗派間対立をもちこもうとする外部勢力の仕業であると公言。また、事件の直後に数百人のコプトが米大使館前で救護を求めるデモを行ったことに対しては、その事実を否定し（「自分も見に行ったが、誰もいなかった」）、外国に助けを求める必要はなく、「コプトはムスリムが守る」と融和を説く声明を出している（</font><a href="http://www.almasryalyoum.com/en/node/428732"><font size="2">'Thousands attend joint Brotherhood-Salafi rally</font></a><font size="2">,' Al Masry Al Youm）。<br />
<br />
また、報道を通じてコプト側は、今回の攻撃をイスラム原理主義者たちの手によるものと断定しているようだが、現場の証言などからは、攻撃してきた者たちは少なくともImbaba地区の人間ではなく、しかも原理主義者的な外見でもなかったという様子も伺える。僕の身近なエジプト人に言わせると、（誰が出しているかは別にして）みんな誰かから金で雇われて破壊行動をしているのであって、思想的な裏づけをもっているわけではないと言う。Salafistが主張する外国勢力による撹乱という陰謀説は信じがたいが、ムバラクら旧支配者層がまだあきらめずに、宗派対立を煽るために風評を流し暴徒を送り込んでいるということは考えられる。5月3日の留置所襲撃・脱獄事件、5月4日のムバラク支持派と革命勢力のテレビ局前での衝突など、この1週間ほどの間、警察機能が十全に機能していないことを見てとって、乱暴狼藉を働くケースが増えているのは、それぞれが単独の個別意志による犯罪というよりは、元締めが組織的に差配する治安撹乱運動と見たほうが自然なように思えてならない。<br />
<br />
一方で、革命勢力は、ムバラク一族や旧政権の幹部たちが次々と起訴され、過去の汚職や市民に対する暴力など想像を絶する非道が明るみになってきていることに一定の満足を得ているかもしれないが、そろそろ過去をほじくりかえす作業の手をやすめて、未来を見据えた政治運動に本腰を入れなければいけないように思える。旧勢力は、当然利害をすべて失いたくないから、あの手この手で社会を撹乱させ、軍や暫定政権の統治に対する国民の信頼に傷をつけようとするだろう。よしんば、ここ数日激化している宗派対立がイスラム原理主義者の手によるものだとしても、世俗的な市民社会の建設を求める都市中間層がいま一番になすべきことは、タハリールでデモを継続することではなく、来るべき秋の選挙に向けて、ムスリム同胞団や旧NDPに対抗できる力強い支持基盤をもった新しいリベラル政党の建設なのであって、それが結果的に将来の宗派対立の芽を摘むことにつながるはずだ。<br />
<br />
このことを、Orascom Telecomの創始者で、エジプト随一の富豪にして、ＯＮＴＶという革命を先導した独立系テレビ局のオーナーでもあるNaguib Sawiirisが、eniGmaという英字誌の特集インタビューで力説している（</font><a href="http://www.enigma-mag.com/enigma_tv/"><font size="2">http://www.enigma-mag.com/enigma_tv/</font></a><font size="2">）。<br />
<br />
彼は、自らThe Free Egyptians Partyという政党を立ち上げ、目下、全国を行脚して全国的組織基盤確立をいそいでいる。自身がキリスト教徒である同氏にとって、権力の空隙をついてムスリム同胞団やSalafistたちがマジョリティを確保しようとする勢いの現状は相当に危機的であって、特に人口の一割を占めるキリスト教徒たちに対して、イランのような原理主義政治体制のもとでマイノリティとして弾圧されて生きたくなければ、それに対抗しうる政治集団を9月の選挙までに作らなければならないとアジっている。イランを引き合いに出すのが適当かどうかはわからないが、同胞団がSalafistと合流する今日の状況を見ると、政治の場で宗教勢力に十分対抗しうる世俗政党が最初の選挙で形成されないと、その後の改正憲法起草など国の骨格を定める作業が想像以上に宗教色の濃いものになっていく危険性を感じる（</font><a href="http://www.almasryalyoum.com/en/node/428718"><font size="2">'Brotherhood rejects pre-election drafting of constitution ,'</font></a><font size="2"> Al Masry Al Youm）。<br />
<br />
過去の問題をほじくりかえすよりも、未来を創造する方向へエネルギーを注げ。Naguib Sawiirisの切実な声に、すべてのエジプト人が耳を傾けてくれるといいのだが。</font></div>
</div>
<font size="2"><br />
</font>]]>
    </description>
    <category>社会　SOCIETY</category>
    <link>http://egyptians.blog.shinobi.jp/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%80%80society/imbaba%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%AE%E8%A1%9D%E6%92%83%EF%BC%9A%E4%B8%96%E4%BF%97%E6%94%BF%E5%85%9A%E7%AB%8B%E3%81%A1%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%82%92%E6%80%A5%E3%81%92%EF%BC%81</link>
    <pubDate>Sun, 08 May 2011 22:25:51 GMT</pubDate>
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